三寒四温へ          1

それは ある本屋の二階だった。




 二十歳の彼は書棚にかけた西洋風の梯子(はしご)に登り、
 新しい本を探していた。

 モオパスサン、ボオドレエル、ストリンドベリイ、イプセン、ショウ、トルストイ・・・・・・
 <中略> 彼は熱心に本の背文字を読みつづけた。

 そこに並んでいるのは 本というよりもむしろ 世紀末それ自身だった。


              ───── 「或阿呆の一生 / 一   時代」 より

                    芥川 龍之介





b0306034_2053475.jpg








  百年余前の春の萌芽へ














自分は 『新思潮』 同人の一人となれり。

発表したきもの あるにあらず。
発表する為の準備 をする為也。

表現と人とは一(ひとつ)なり とは真なりと思う。
自分は弦のきれたる胡弓(こきゅう)をもつはいやなり。
これより弦をつながむと思う。


              ───── 1914年1月 芥川龍之介(作家胎動期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋



b0306034_20542592.jpg














時々又 自分は一つも思った事が出来た事がないような気もする。

いくら何をしようと思っても、「偶然」の方が遥に大きな力で
ぐいぐい外の方へつれ行ってしまう。
全体 自分の意思にどれだけ力があるものか疑わしい。


              ───── 1914年3月 芥川龍之介(作家胎動期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋


















東京ではすべての上に春がいきづいている。

平静なる しかも常に休止しない力が
悠久なる空に雲雀(ひばり)の声を生まれさせるのも
程ない事であろう。


すべてが流れていく。

そして すべてが必(かならず)止るべき所に止る。


              ───── 1915年2月 芥川龍之介(作家胎動期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋



b0306034_20552139.jpg


















いつ 僕のゆめみているような芸術を
僕自身うみ出すことが出来るか。

考えると心細くなる。

すべての偉大な芸術には
名状する事の出来ない力がある。


              ───── 1915年12月 芥川龍之介(小説家誕生期)
                    山本 貴誉司宛 書簡 原文抜粋




b0306034_20555026.jpg















※「或阿呆の一生(あるあほうのいっしょう)」/ 1927年、芥川の死後に見つかった
 文章で、自分の人生を書き残したと思われている。

※新思潮/ 『帝国文学』に対抗して創刊された日本の文芸誌。大正文学の一つの
 拠点になった。
※胡弓/ 多くのものは3本の弦を持つ和楽器。
※井川 恭(1888-1967)/恒藤恭。法学者。一高時代の同級生。卒業後も、信頼
 おける良い親友関係は長く続く。
※一高(=旧制第一高等学校)/現在の東京大学(教養学部)等の前身となった学
 校。一高の卒業生の多くは東京帝国大学へ進学。
※山本 貴誉司(1892-1963)/ 府立三中時代の同級生。後年に芥川の妻となる
 山本文の叔父にあたる。
※底本を石割透氏編(全書簡)としております。 改行等は判読しやすく改行し、旧
 字等の凡例に関しては底本に沿います。ご了承ください。









                           百芍丹
[PR]
by h_s_t | 2017-03-08 12:00 | 日々のこと
<< new vibes ─────... 三寒四温へ          2 >>