カテゴリ:日々のこと( 52 )

冬山~東京 展示の準備 noise and roud


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目の前のことは山積で、先々の事は準備のための準備の現状ですが、
年が明けてからの準備や構想も少しずつですが、
言葉足らずながら「noise and roud」、という印象で
力の出し惜しみ無く元気に進めてまいりたいと思います。







このブログという場を通して、何故に民俗学という側面を持つのかという点も
しっかりとした調理が伴った主観を以って
僭越ながら少しずつ書かせていただければと、遠回りな方法ながら
じっくりと臨みたいと感じています。




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【催事のお知らせ】
「神戸三ノ宮アンティークフェア10/5(木)-10(火)」に、初日~3日間の10/5(木)-7(土)参加させていただくこととなりました。 詳しくは『神戸三宮 アンティークフェア』をご覧ください(10/7、8は店舗はお休みさせていただきます)。







               百芍丹

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by h_s_t | 2017-09-27 23:00 | 日々のこと

展示会お知らせ ───── 京都民芸資料館 秋季特別展 「高松張子」展

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本年も、京都民芸資料館・京都民藝協会主催の秋の特別展示があります。

四国・高松張子中興の祖、宮内フサ作品を中心に、古作より現代作までを展観。
知られざる角度からの玩具考や習俗との関連などをお窺いできそうな好機に思います。
たかが玩具と思われがちですが、郷土玩具や古玩とされるものは、
概ね土地それぞれの信仰や習俗、生死観や幸福感などが包摂されており、
自身は「民俗」を知っていく上で、見知るべきものの多い、興味深くまた楽しいカテゴリに感じています。

自身、敬愛する山名伸生先生のコレクションが中心で、
現存するコレクションにおいて国内屈指の品々に思います。
縁あり、京都民藝協会における原稿を内覧させていただきました。

自身も拝見させていただくこと、今々より楽しみな展示会です。






開催日程:
2017年
(9月) 9月17日(日)

(10月)
10月1日(日)
10月8日(日)
10月15日(日)
10月22日(日)
10月29日(日)

(11月) 11月19日(日)

開館時間:午前10時~午後4時30分 ※ 入館無料

【ギャラリートーク】
10月1日(日)午後1時30分~午後3時
講師:山名伸生・京都精華大学 人文学部教授
小谷二郎・京都民藝協会顧問


京都民芸資料館
 京都市左京区岩倉木野町340
 Tel. 075-722-6885

 http://kyomingei.exblog.jp/
 www.facebook.com/kyotomingei








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                       百芍丹
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by h_s_t | 2017-09-05 02:54 | 日々のこと

少し先であろうかと





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by h_s_t | 2017-08-14 16:47 | 日々のこと

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盆前の店舗営業を終え、戻りました。
皆さまご遠方からのお越し、本当にありがとうございました。



荷蔵の一室が文章用の仕事場に変えており、
今はその仕事場で文章の仕事を進める、旧暦に当てはめて言うならば、中元前の午後です。
原稿仕事に倦み、こちらに少し逃げ込んでいます。



改めて考えると、盆というものは中元節自体が道教上の鬼月(旧暦七月の別称)という
考え方の影響や、仏教融合が成されたある種の変質を受けた行事だとしても
段違いに強い意味をもって祖霊信仰として守られているのは
極めて古い時代からであろうことと、
自然崇拝と祖霊信仰の同一性を垣間見る重層部の名残りも
あまねくとは言えないまでも、多くの地域に見ることができる行事です。





自然物で作られたものが火中されること。

そのいくつかは水辺で行われること。
もしくは水辺を起想するモチーフなどが象られること。

その場合、近接する集落では意外にも全く異なる祭祀形態が多いこと。

目印という考え方をもつこと。





淡路島の一地域のように丘全体を裾野から焼いてしまう発想もあったりします。



ここで個人的に最も気になる点は、宗教学や民俗学上ではそうした説旨は無く「地方」という説明がなされるのですが、
古い品々と接する度に感じる上述の三点目です。
地方と括れず、虫食い状の地域としてしか括りにくい祭祀が多いように個人的には思います。

社会学や経済学的な言葉を借りるとクラスターであり、またそのクラスターは強固であった形跡が多いように感じます。














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夕立の 降らで過ぎ行く

一村 暑き 物の匂ひや。

軒低きところ 馬盥(ばだらい)の湯の 冷めて濁りて

花咲ける葵 しづかに映る。


              ───── 米光関月 / 1874-1915












折鶴文 ころ茶碗小盃 江戸期   御売約









百芍丹
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by h_s_t | 2017-08-14 16:40 | 日々のこと

H 2階

H 2階

まずはY坂あがった異なるH(S跡地)に1830です



各自、何か飲み待機ください




伝え忘れていますが、今回も腰の物お忘れなくです。

招集のメンバーへ取り急ぎ。







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by h_s_t | 2017-06-29 00:04 | 日々のこと

海民関連


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春夏の様々な催し、多くの方々にお越しいただき本当にありがとうございました。

改めまして、山々の感謝を申し上げます。





柳田の海上の道、宮本の民俗学ノート、折口の妣が国などを読み返しつつ、
瀬戸内の内容も含めて
少し海民関連の展示を模索していた二日間でした。




さまざまが終わり、新たなことはまだ構想の段階です。



一見一聞、馬鹿馬鹿しい構想ながら山岳展同様に様々に展開していきたい気持ちです。





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by h_s_t | 2017-06-28 00:07 | 日々のこと

new vibes ───── movie in Kyoto




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Sturm und Drang

「疾風怒濤」と和訳されたためにそうした意味で理解されることも多いですが、
ドイツ語から直訳するならば「嵐と衝動」が正しいようです。

山田勇男監督、10年ぶりの新作となったわけで
京都においては一昨年の立誠シネマ主催の『銀河画報社の夜』における
「巻貝の扇」、「ポエオティアの山猫」、「銀河鉄道の夜」などの前期作品群、
そして、つげ義春原作の「蒸発旅日記」と再び楽しめたのは僥倖に思います。























自身、前期作品群と初めて接したのは20代前半の頃で
今は無くなってしまった京都・大宮のスペースベンゲットでした。
映画館というよりは、良い意味で「映写小屋」に近かった。

上映される映画の質は、ユーロ・スペースなど東京の名立たる小劇場に
引けをとらなかったように思い出します。



彼らの作品群は小シネマ系と括られがちながら、
小シネマにしか出せない映像の浮遊感などをしっかり出色しており
寺山修司以上に詞的な仕上がりと、また京都という土地で観るからこそ
そうした空気感も存分に充満していた感が、あったように思います。

























「あの空を涵してゆく影は地球のどの邊の影になるかしら。

    あすこの雲へゆかないかぎり今日ももう日は見られない」

                           梶井基次郎―『冬の日』

僕らがタルホ(稲垣足穂)の世界を映像化しようと、
質屋の暖簾を叩いたのが二十年前の六月の夕暮れ時だった。
僕らとは、もうひとり湊谷夢吉だった。
ふたりが出会ったデザイン会社の近くに、第三モッキリセンターという
安酒屋があって、いつも盃の数よりもたくさんの会話で満たされていた。

僕にとっての湊谷さんは、イデーの兄である、そう思って慕った。


                       ― 『夜の回想』 抜粋(1997)  山田勇男














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銀河画報社といえば、若くして世を去ってしまった湊谷夢吉(1950-1988)で、
彼らが描きだしたものの浮遊感は、映像技術が進歩した今をもってしても独特であり、
所在が無いという確固とした所在を、今も持っているように思います。










出典・画像 /  ©山田勇男 ©湊谷夢吉コスモス編集委員会








                     百芍丹

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by h_s_t | 2017-03-09 00:00 | 日々のこと

三寒四温へ          1

それは ある本屋の二階だった。




 二十歳の彼は書棚にかけた西洋風の梯子(はしご)に登り、
 新しい本を探していた。

 モオパスサン、ボオドレエル、ストリンドベリイ、イプセン、ショウ、トルストイ・・・・・・
 <中略> 彼は熱心に本の背文字を読みつづけた。

 そこに並んでいるのは 本というよりもむしろ 世紀末それ自身だった。


              ───── 「或阿呆の一生 / 一   時代」 より

                    芥川 龍之介





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  百年余前の春の萌芽へ














自分は 『新思潮』 同人の一人となれり。

発表したきもの あるにあらず。
発表する為の準備 をする為也。

表現と人とは一(ひとつ)なり とは真なりと思う。
自分は弦のきれたる胡弓(こきゅう)をもつはいやなり。
これより弦をつながむと思う。


              ───── 1914年1月 芥川龍之介(作家胎動期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋



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時々又 自分は一つも思った事が出来た事がないような気もする。

いくら何をしようと思っても、「偶然」の方が遥に大きな力で
ぐいぐい外の方へつれ行ってしまう。
全体 自分の意思にどれだけ力があるものか疑わしい。


              ───── 1914年3月 芥川龍之介(作家胎動期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋


















東京ではすべての上に春がいきづいている。

平静なる しかも常に休止しない力が
悠久なる空に雲雀(ひばり)の声を生まれさせるのも
程ない事であろう。


すべてが流れていく。

そして すべてが必(かならず)止るべき所に止る。


              ───── 1915年2月 芥川龍之介(作家胎動期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋



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いつ 僕のゆめみているような芸術を
僕自身うみ出すことが出来るか。

考えると心細くなる。

すべての偉大な芸術には
名状する事の出来ない力がある。


              ───── 1915年12月 芥川龍之介(小説家誕生期)
                    山本 貴誉司宛 書簡 原文抜粋




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※「或阿呆の一生(あるあほうのいっしょう)」/ 1927年、芥川の死後に見つかった
 文章で、自分の人生を書き残したと思われている。

※新思潮/ 『帝国文学』に対抗して創刊された日本の文芸誌。大正文学の一つの
 拠点になった。
※胡弓/ 多くのものは3本の弦を持つ和楽器。
※井川 恭(1888-1967)/恒藤恭。法学者。一高時代の同級生。卒業後も、信頼
 おける良い親友関係は長く続く。
※一高(=旧制第一高等学校)/現在の東京大学(教養学部)等の前身となった学
 校。一高の卒業生の多くは東京帝国大学へ進学。
※山本 貴誉司(1892-1963)/ 府立三中時代の同級生。後年に芥川の妻となる
 山本文の叔父にあたる。
※底本を石割透氏編(全書簡)としております。 改行等は判読しやすく改行し、旧
 字等の凡例に関しては底本に沿います。ご了承ください。









                           百芍丹
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by h_s_t | 2017-03-08 12:00 | 日々のこと

三寒四温へ          2




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あなたのものは 大変面白いと思ひます

落着があつて 巫山戯(ふざけ)てゐなくつて

自然其儘(そのまま)の可笑味(おかしみ)が おつとり出てゐる所に

上品な趣があります

<中略>

あゝいふものを是から二三十並べて御覧なさい

文壇で類のない作家になれます



              ───── 1916年 夏目漱石(晩年期)
                    芥川龍之介 宛て書簡 原文抜粋




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夏目先生が大へん「鼻」をほめて、
わざわざ長い手紙をくれた。

大へん恐縮した。


              ───── 1916年3月 芥川龍之介(小説家誕生期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋



※鼻 / 同人であった『(第四次)新思潮』の創刊に際し、作品「鼻」を発表。同人内
 では酷評されるも、夏目漱石を皮切りに文壇・文藝界は絶賛をはじめる。
 新進作家として扉がようやく開き、以後芥川は耳目を集める存在となる。

 芥川は大きな緊張のもとに夏目漱石をすぐに訪問。以後、漱石を深く慕い門下と
 なり夏目も芥川を温かく見守るが、両人知らず、夏目の死期が近づいている。






















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本をよむ事と かく事とが(論文も)
一日の大部分をしめている。

ねてもそんな夢ばかり見る。



何だかあぶないような

そうして愉快のような気がする。


来るものをして 来らしめよ と云う気がする。


              ───── 1916年3月 芥川龍之介(小説家誕生期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋







書きたい事が沢山ある。

材料に窮すると云う事はうそだと思う。

どんどん書かなければ材料だって出てきはしない。



              ───── 1916年7月 芥川龍之介(小説家誕生期)
                    井川 恭 宛て書簡 原文抜粋







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※井川 恭(1888-1967)/恒藤恭。法学者。一高時代の同級生。卒業後も、信
 頼おける良い親友関係は長く続く。
※一高(=旧制第一高等学校)/現在の東京大学(教養学部)等の前身となった
 学校。一高の卒業生の多くは東京帝国大学へ進学。
※底本を石割透氏編(全書簡)としております。改行等は判読しやすく改行し、旧
 字等の凡例に関しては底本に沿います。ご了承ください。









                           百芍丹
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by h_s_t | 2017-03-07 12:00 | 日々のこと

三寒四温へ          3



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先生。 また手紙を書きます。


我々の長い手紙をお読になるのは、御迷惑だろうと思いますが、
これも我々のような門下生を持った因果と御あきらめ下さい。

その代り御返事の御心配には及びません。
先生へ手紙を書くと云う事が それ自身
我々の満足なのですから。


<中略>


どうかお体を御大事になすって下さい。
修善寺の御病気以来、実際我々は
先生がね(寝)てお出でになるというと ひやひやします。

先生は少くとも 我々ライズィングジェネレエションの為に、
何時(なんどき)も御丈夫でなければいけません。

これでやめます。



廿八日                  芥川竜之介
 夏目金之助様 梧下




              ───── 1916年8月28日 芥川龍之介(新進作家期)
                    夏目漱石 宛て書簡 原文抜粋




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お手紙二通とも拝見しました。

難有(ありがと)う。

毎日さびしく暮している身になると これほど嬉しいものはありません。
今 東京からかえったばかりです。

東京へ行っては 二晩つづけて御通夜をして
それから御葬式のお手伝いをして来ました。




勿論(もちろん) 夏目先生のです。




僕はまだ こんなやりきれなく
悲しい目にあった事はありません。

今でも思い出すとたまらなくなります。

始めて僕の書く物を認めて下すったのが
先生なんですから。

そうしてそれ以来 終始僕を鞭撻して下すったのが
先生なんですから。

こうやって手紙を書いていても先生のことばかり
思い出してしまっていけません。


<中略>


何だかすべてが
荒涼としてしまったような気がします。
体の疲労が恢復(かいふく)しきらないせいもあるのでしょう。

あした早く起きなければなりませんから
これでやめます。
 匆々。


十二月十三日夜                  芥川竜之介
 塚本文子様 粧次




              ───── 1916年12月13日 芥川龍之介(新進作家期)
                    塚本文 宛て書簡 原文抜粋












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※夏目金之助[夏目漱石(1867-1916)]/東大英文科卒。1905年処女作「吾輩
 は猫である」を執筆し高い評価を得る。門下生たちに敬われつつ「明暗」執筆中
 に逝去。享年49歳。
 手紙の前年の1915年に芥川が発表した「鼻」を激賞。若き芥川が作家の道を歩
 む大きな一歩を与え、芥川も漱石を親しく師と仰ぎ、学識と人格を尊敬していた。
※底本を石割透氏編(全書簡)としております。改行等は判読しやすく改行し、旧
 字等の凡例に関しては底本に沿います。ご了承ください。

※梧下(ごか)/手紙の脇付に用いて敬意を表す語。梧右・机下など類語。
※匆々(そうそう)/草草に同じ。手紙文の末尾に急ぎ走り書きをしたことをわびる
 意で、書き添える語。
※粧次(しょうじ)/女性あての手紙の脇付に用いる語。










                           百芍丹
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by h_s_t | 2017-03-06 12:00 | 日々のこと