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長月と稲



季節は9月半ばを過ぎ、
旧暦呼称であるならば、「長月」は最中。


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「長月」

その語の由来において最も大きな意味を指しているのは、
端として「夜が長い(長くなる)」ということにあるようです。




平安時代の問い歌(問答歌)においても


昼夜の 数はみそじに あまらぬを

           など長月と いい初めけん

                     ― 『拾遺和歌集(1006年頃)』  参議 伊衡 / 876 - 939



 という長月の由来を訊く問いに対して


秋ふかみ 恋する人の あかしかね

           夜をなが月と いうにやあるらん

                     ― 『 同 』  凡河内 躬恒 / 859? – 925?




と答え、長くなっていく夜の印象を歌に伝えています。













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長月は本来は旧暦呼称であるため、長月の半すぎというと、
現在でいうところの11月初頭に当たります。




長月はその時期性を留めた異称・別称(またはその由来名)を持ちます。

「稲刈月※(いなかりづき)」、「稲熟月(いねあがりづき)」などの異称・別称を持ち
その由来において、庶民が自然とともに生き、畏怖し、悩んだ季節を過ぎ、
待ち焦がれた恩恵を心から喜んだ気持ちが、
その名の中にひっそりと込められているように思います。








晩稲(おくて)も早稲(わせ)も 頭を下げた

半年がゝりの 涙と汗は

變(かわ)つた變つた 黄金(こがね)の花に


我等はもとより百姓の

日がな一日 蚯蚓(みみず)を切つて

おんぼろさん ぼろ下げもすれ


蛭(ひる)に責められ 田蜂(たばぢ)に刺され

血みどろちがひに 田の草取つた

土用の辛さは 忘れねど


水戸のお館 光圀さんは

簑笠出(いで)だちの農人形を

二の丸御殿に 置いたとさ


穂に穂重ぬる めでたさを

祝へ、子持の嫁ん女(こ)が

明日は鶏起(とりおき) 早稲(わせ)から刈ろさ


           ― 『豊年』   横瀬 夜雨 / 1878 - 1934


















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貴族、武士階級、土豪などを除き、長きに渡って庶民の中では
米は霽れ(ハレ)の日の特別な食であり、褻(ケ)と呼ぶ普段の生活の中では
ほぼ口にすることがない、ある種の神聖視がなされた農作物でした。


この信仰心を重ねた考え方は、稲作の伝播した遥か昔から守られ
現在の宮中や伊勢宮で行われる「新嘗(にいなめ)」などの大祭(たいさい)も、
根幹にこうした稲作への信仰を包含しています。

これを大事とせぬ者への大罪は『延喜式(927年)』の大祓の祝詞(のりと)の中でも強く示されており、
日本人の思想の中で「米(総じて食べ物)を粗末にしてはならない」「正月(ハレ)には餅を」という
自然から恵まれることへの感謝を、生きる上での最も重要な思想とした民族として
その後も長く、自然との優れた関係性を生み、同時にその関係性そのものに美しさを見る
絵画、文学、美術を残していきます。




延喜式のこの強調箇所の由来は神話に遡り、天照大神(アマテラスオオミカミ)が
「天つ罪」を犯した素戔男尊(スサノオ、スサノヲ、スサノオノミコト)を
追放したことが引き継がれたように思います。

これは、高天原において姉の天照大神が稲の栽培に懸命に努めていたとき、
弟の素戔男尊は「溝を埋め」「畔(あ)を離(はな)ち」「屎(くそ)麻理(まり)散らし」といった
農作を妨害し破壊した行為があったとされ、八百万の神々(やおよろずのかみがみ)が協議し
同じ神である素戔男尊を追放すべきか最後まで悩み、
結果、高天原を追放された話に端を発しているようです(Ex./神逐)。


余談ながら日本神話の中では、素戔男尊はその後に出雲で稲作への理解と共存を見せ、
稲田の女神と解釈される櫛名田比売(『日本書紀』では奇稲田姫/クシナダヒメ)と結ばれ、
櫛に変化(へんげ)した彼女を自分の髪に挿し
ヤマタノオロチ(山神または水神)を倒します。



八雲立つ  出雲八重垣  妻籠に  八重垣作る  その八重垣を


                     ― 起源不詳(日本初の和歌とされる) / 素戔男尊
















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道教影響による五行思想に加えて、またそれ以上に日本人にとって
一年の周期や四季の指標の多くは稲の一生でもあり、現在に至っています。
 
また、その循環は単純な反復ではなく、稲を通した生命の甦りとして強く信じられてきました。




収穫された稲穂は、現在においても地域によっては円柱状などに穂を組む風習が残ります。

この稲屋(別称として稲積、穂積、稲叢、葉薄など)は日本列島の南西岸側(特に沖縄方面)において
古くは「誕生」に通ずる『シラ』という古語韻で呼ばれました。
稲積に保存された種子が、翌年、また新たに芽を再生することを目の当たりにし、
「稲霊=田の神」が永続していくという発想は、稲の甦りへの生命信仰に続き、
稲屋は産屋(うぶや)とも解されました(柳田國男「海上の道」等参照)。



稲屋に似た小屋をつくり、その中で子を産む習慣を持っていた地域も多くあり
現在から、そう遠くない頃までそうした風習が各地にあったことはあまり知られていません。
Ex./ 福知山市三和町大原など)


















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稲への信仰心は、ごく自然に文化へと派生し、古くから稲や稲作の様子は歌に詠まれてきました。




なづきの田の 稲幹(いながら)に稲幹に

           這ひ廻(もとほ)ろふ 野老蔓(ところづら)

                     ― 『古事記』  読み人知らず




おして否(いな)と 稲は舂(つ)かねど 波の穂の

           いたぶらしもよ 昨夜(きそ)独り寝て

                     ― 『万葉集(東歌)』  読み人知らず








そして、これもまたごく自然に日常の言葉の中にも浸透していきました。




多くの類例がありますが
たとえば、『稲妻』という言葉もそのひとつと言えます。


現代では「妻」は夫が女性の配偶者を指すときに用いられていますが、
本来、「ツマ」は男女にかかわらず配偶者を指す古語起因の言葉で、
「夫」と書いて「つま」と読まれる時代は長くありました。

つまり、稲妻は稲の配偶者ということになります。


実際、雷は稲の育ち実るときに多く発生し、また雷の多い所や年は
稲の実りが良いことも知られており、庶民の中では稲の妻と呼ぶにふさわしいものでした。
近年の研究で判ってきた、雷の放電により空気中の窒素がプラズマ結合され、
植物の生育に有益な窒素化合物が合成されるなどの科学的な根拠もありますが、
当時は長い年月の経験則の中から、
雷と稲の関係性を日本人は知っていったようです。











長々と書きつつも、刈入れを目指す時期と新暦で長月という呼称を使うことは、
対応できなくなった季節性の現代となりました。

趣きや、暮らしの意味を名に込めた旧暦呼称に、季節が同期しなくなってしまった
新暦の世と言えるかもしれません。




それでも、宗教以前より数千年に渡り、
この島国の風土と人々の汗がもたらした実りを思うと
こうした、今なお残るさまざまな話に触れたくなる季節に思います。








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 染付 案山子鳴子図 行灯皿 〈大正時代頃〉   御売約 個人蔵

※賀茂真淵(1697-1769)は、この呼称「稲刈月(いなかりづき)」略化されたものと
 して、「ながつき」としたと伝えている。
※田蜂/ 人や動物を刺す害虫である「ウシアブ」を指す方言
※文章に関しては民俗学的な見地からの個人見解を記載したものです。
 極端な主義・思想・啓蒙を有しての内容や、天皇論などを論じた内容でないことを、
 ネットという性格を考え僭越ながら重ねて言及しておきます。
※The photograph of the 5th row ―  Public domain (United States)
 From/ The archives of the Museum of Science Boston.







                            百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-18 16:14 | 日々のこと

掲載のお知らせ 「KYOTO ART&CULTURE MAP」


今週発刊の「KYOTO ART&CULTURE MAP(京都アート&カルチャーMAP)」に
掲載をいただきました。

円町エリアの頁に紹介いただいております。



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骨太な主要施設から新旧の店舗、何より活動や、現在の街や人の視点、
食に至るまで楽しく網羅された本で、
アートに限らず京都を楽しめる一冊に思います。





秋ということで、京都を散策し、独特の空気を肌で感じる良い季節。

書店にて是非お目に留めていただけたらと思います。










                   百芍丹

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by h_s_t | 2014-09-17 14:00 | 日々のこと


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한 백년 진흙 속에

숨었다 나온 듯이,

게처럼 옆으로

기여가 보노니,



머언 푸른 하늘 알로

가이 없는 모래 밭.



        ― 「바다 Ⅱ」  정지용 / 1902 – 1950


























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 約百年 泥の中から

 隠れて出(いで)たかの如く、

 カニみたく 横に

 這い行ってみると



 遠い 青い 空の下に

 果てしない 砂の畑。

















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御売約 個人蔵




                   百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-16 15:00 | 品々のこと

ひとりあるもののうたへる



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薄づける 彼岸秋陽に 狐ばな   赤々そまれり   ここはどこのみち


                      ― 木下 利玄 / 1886 - 1925


























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秋風、 行きたい方へ 行けるところまで


                      ― 種田 山頭火 / 1882 – 1940































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                   百芍丹

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by h_s_t | 2014-09-15 12:00 | 日々のこと

Dear re:Li




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 Sir henlywork , Thank you for your sweetness .





              百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-14 13:00 | 日々のこと

京都民芸資料館秋季特別展「伏見人形展」



京都民芸資料館・京都民藝協会主催の秋の特別展示があります。








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【 京都民芸資料館 秋季特別展「伏見人形展」 】 

開館日:2014年 9月21日(第3日曜日)
    10月5日・12日・19日・26日(各日曜日)
    11月16日(第3日曜日)
開館時間:午前10時〜午後4時30分 入場無料


[ギャラリートーク]
10/12(日)午後1時30分から午後3時まで
講師 山名 伸生(京都精華大学教授)
   小谷 二郎(京都民藝協会顧問)

京都民芸資料館
〒606-0015 京都市左京区岩倉幡枝町28-7
電話075-722-6885
http://www.nihon-mingeikyoukai.jp/pavilion/index4.html






中近世における土人形の始祖ともされた伏見人形。

「ゆるキャラ」という、外連味(けれんみ)なく笑みを誘うものを愛する民族気質は
遥かむかしに始まっていたように感じます。



そして玩具考としての原点の一つたる、西日本の貴重な民衆美術への遡行を
多くの資料を通して鑑賞できるのは稀な機会に思います。

個人的にも、土師部(はじべ)、伏見社での門前衆や、つぼつぼから茶文化との関連、
その後の明治-大正期の、主に東日本の玩具研究として
昭和5年に終止符が打たれたAttic Museum(Ex./渋沢敬三)の研究資料との関連考察など、
多くの興味の鍵ともなりそうな、楽しみな展示です。


自身、敬愛する山名伸生先生のギャラリートークもあり
知られざる角度からの玩具考や関連などお窺いできそうです。



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同館の設計は、河井寛次郎とも縁深い
上田恒次(1914 – 1987)。



気候良き節気。
皆さま、ぜひ足を運ばれてみてはと思います。






             百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-13 07:00 | 日々のこと


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月の夜ばい

満潮ばい


ばってら出そたい
明笛(みんてき)吹こたい
伴田の孫やん 踊らすばい

朝鮮船の泊り船
あんべら帆ば着て
寝とらすばい

常灯の鼻の 鼻つらが
海にうつって 三角ばい

もうぢき瀬戸は
たるむとばい
たるめば ほんと
がらす絵ばい

古い港の月の夜は
乳色 琉璃色 がらす絵ばい

潮に追われて
石垣がんぎ
蟹の這う音 聞こゆるばい

旅に追われて
月夜の旅がえり
涙の音も 聞こゆるばい

    (わが故郷は平戸にて)


          ― 『海の中の故郷』  藤浦 洸 / 1898 - 1979






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昔から近所近在に行き渡って使われている雑器は
紅鉢といわれる 大きな深めの鉢であります。

また「石皿」と呼ばれる 径一尺前後の浅い大皿であります。

旅籠屋や煮売屋を始め、どんな台所ででも重宝がられました。

この皿には皆巧みな絵を描きましたが、
いつしかたえて 今は無地ものばかりであります。


          ― 『手仕事の日本(靖文社-1948)抜粋』  柳 宗悦 / 1889 – 1961













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瀬戸 網文鉄絵 石皿 八寸目〈江戸時代後期-明治時代前期〉   御売約

※網/ 編むを語源とする説もあるが、極めて古い年代より「阿弥」(日本書記-神代 下乃歌謡)
 と記され、アミという音(おん)に「寄らせる」「集める」といった意味合いの語義が本来
 上古には包含されていたのか、その後の仏教伝来以降、この音を持つ「阿弥」という漢字は
 網(漁網)という意味を離れて随所に登用・利用されていく。
 大乗仏教上のアミターバ(अमिताभ )は由来たる梵名の意味においては別意ながら、同様に
 この漢字が当てられている(=阿弥陀如来)。
※あんべら/(古語方言)= 加減。具合・あんばい(良く)。
※ばってら/西日本に多くみられる、しめ鯖の押鮨(またはその一種)。米飯の握り飯より保
 存性高い。ポルトガル語で「小舟」を意味し、西日本を中心に船上などでもよく食された。
※鼻/ 西日本の沿海域では、小さな岬や崎を鼻と呼ぶことが多く、現在も呼称は残り、地図上
 の地名として、瀬戸内だけでも相当数が確認ができる(国土地理院、Google-Zenrin 他)。
 総じて潮流に変化ある場所で、夜間は安全の面から篝火・常夜灯などが灯された場所も多い。
※がんぎ(=雁木)/ 船着場における石組などの階段状の構造物。岸壁と異なり、潮の干満など
 による水面の上下に係わらず荷役が出来るため、近代以前の船着場で多く見られる。







                   百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-12 01:43 | 品々のこと

immortal


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生きかはり  死にかはりして 打つ田かな

                   ― 村上 鬼城 / 1865 – 1938

































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幾たびとて甦り、

そのたびに 美しさを増す








生きて 死んで また 生まれる





















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生き返る われ嬉しさよ  菊の秋

                   ― 夏目 漱石 / 1867 - 1916










転生の循環

人の営み














襤褸 大布 〈江戸時代-最終年代未詳〉   御売約 個人蔵

※襤褸(らんる/ぼろ)/ 江戸時代(またはそれ以前)から何代にも渡り、庶民が使って
 きた衣服や布類。現在、美術界では「BORO」として世界共通語的に通用し、アート、
 テキスタイルデザインの分野において世界的に評価されるに至る。

※The photograph of the 4th row ―  Public domain (United States)
 From/ The archives of the Museum of Science Boston.







                   百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-11 01:49 | 品々のこと

秋の奥へ


仲秋 過ぐる









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地に還る もののしずけさ  萩白し

                     ― 実籾 繁















風になびくもの 松の梢の高き枝

竹の梢とか 海に帆かけて走る船

空には浮雲  野辺には花薄


            ― 治承年間(1180年頃)/ 『梁塵秘抄 ― 三七三』 後白河院



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浄法寺に塗られ、不来方で蒔かれ



愛くるしい鈴形(すずなり)で

奥ゆかしく
春を待ち、秋を愛でる




秀衡の古型を頑なに留めながらも
目が配られぬこと久方のように











奥州のみやびは
都とは違う
















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星流れ 明日は 良きこと ありそうな

                     ― 佐野 雪子






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南部 有職菱文(ゆうそくびしもん)椀 〈江戸時代中期-後期〉

※陸奥(=みちのく) / 後世(江戸期頃)に「むつ」という呼称が付くが、古事記、日本書紀の
 記載において『道奥』として初めて記される。当時(律令後はさらに)、道という字は国という
 感覚に近しい広い行政区分(Ex./ 五畿七道)を指す。
 道の呼称は現在も北海道(和古名:渡嶋=わたりのしま/蝦夷=えみし 日本書紀)として残る。
 明治期における土地呼称の変更時、この律令制時代に遡る、古い行政区分呼称「道」に倣った名
 残とされ、他の都府県と異なり単一名で管轄される唯一の地方公共団体(自治体)となった。
 同時に、行政区分という観点を1300年近い時間を隔てて観念的に受け継いだ為、日本国土の2
 割を超す、極めて広大な面積を有する自治体ともなった。
※不来方 /=盛岡






                   百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-10 10:09 | 品々のこと

海  しずる

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見失ひ 又見失ふ 秋の蝶

                 ― 高浜 虚子/ 1874 - 1959



























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木犀の 香を過ぎ 青き  海を見に

                 ― 多田 裕計 / 1912 - 1980













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虫の声 月よりこぼれ  地に満ちぬ



                 ― 富安 風生 / 1885 - 1979










 江戸硝子義山 酒器(フラコン)〈江戸時代後期-明治時代初頭〉  御売約 個人蔵

※しずる(しずる感) /古くから日本のガラス工芸において最重要視された美的質感の
 ひとつで、物体が纏う、水気めいた瑞々しさを観念的に表す美術用語。
 当用される漢字は無い。
※義山 /=ギヤマン










                   百芍丹
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by h_s_t | 2014-09-09 12:00 | 品々のこと