<   2015年 08月 ( 18 )   > この月の画像一覧

ありがとうございました



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おかげさまをもちまして西ノ京円町での営業、
昨日を、最終の営業日として恙無く納めさせていただきました。










お知らせより一か月余。


たくさんのお客様のご来店、さまざまな御厚意、
慌ただしい状況が続き これといったお構いもできず
恐縮とともに、心より山々の感謝申し上げます。

また、貴重なお時間の中、諸般のお力添えの言葉をいただきました
敬愛する先輩諸兄に、平伏と感謝でいっぱいです。



























暖簾を下げさせていただいた閉店後、
少しの間いただきました美酒にて、 店と水入らずに過ごさせていただきました。




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「築年数 百年超にて不明」「要補修箇所多数」と紹介されて、初めて出会った日が懐かしく
嬉しい事、楽しい事、辛い事など、建物とはいえ分かち合った
二人三脚の佳き相棒であったと思っています。

近いうちに居なくなることは本当に寂しいかぎりですが
間の取り回しや、不格好でも自分なりの設えの大事さなど
この町屋から沢山教えてもらったことを無駄にせず
次の地でも活かすことで、逝く彼への手向けとしたいと思います。



移転地は 決まり次第、またこの場よりお知らせさせていただきます。
洛内ながら一層賑やかでは無い、御所近くへと移ってまいりたいと考えております。








末筆ながら 皆々様には重ねての感謝御礼を申し上げますとともに、
佳き同好の士々としまして
またの吉日、互いの破顔一笑にての再会を
今々より鶴首しております





  ○

  葉月吉日


  梧下  百芍丹 佐々木達哉














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【 現在、移転準備中です (西ノ京での営業は終了しました) 】

2015年8月にて、上記の西ノ京円町の店舗での営業を終了させていただきました。

移転地、その他情報につきましては、またこの場よりお知らせさせていただきます。

ご迷惑をおかけいたしますが何卒宜しくお願い申し上げます。 






                            百芍丹
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by h_s_t | 2015-08-31 21:17 | 営業・休業のお知らせ

8/29(土)の開店時間(14:30〜)



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8月29日(土)の開店時間ですが、大変勝手ながら
14:30からの開店とさせていただきます。



同地での営業終了に際し、さまざまな急な所用が増えてしまい
勝手を申しましてまことに恐縮ですが、何卒宜しくお願い申し上げます。

なお、翌30日(日)は通常通り13:00からの営業となります。











早いもので、この週末にて最後の週となりました。


終業まで皆様とともに、東西の品々も四海同朋、お客様とも四海同朋にて
品々を通して古今の津々浦々、共に巡る気持ちで楽しんでまいりたいと思います。











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 生えよ伸びよ 咲いてゆたかな風のすずしく


     ───── 種田 山頭火 / 1882 - 1940


















※当記事を8/29まで最新のものとしてご確認いただけますよう、
 8/29設定の投稿とさせていただきました。ご了承ください。







【 西ノ京での営業終了のお知らせ 】
当店、2015年8月をもちまして西ノ京での店舗営業を終了させていただきます。
詳しくは『2015年8月をもちまして 同地での営業を終えます』をご覧ください
ませ。
移転地、その他情報につきましては、またこの場よりお知らせさせていただきます。









                            百芍丹
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by h_s_t | 2015-08-29 00:00 | 営業・休業のお知らせ

忘却



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台風が過ぎた今日の近畿は 日差しの強さを目深に忘れれば
動く風は一変して、
秋の到来を強く感じさせるものとなりました。



























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風雨の忘れられた古称に「野分」があるかもしれません。
歌や句などの世界では残るものの 常用からは外れ、
日常では遠く忘れられ 久しい語です。

それぞれの原風景のうちで草原や山並みが出てくる方が居られたら
台風というよりやはり「野分」と書いた方が
その風雨の勢いを好く表しているように
感じられる方は多いのではないかと思います。



立春から数えて二百十日目となるの9月1日から、
二百二十日に当たる9月11日まで。
古くから最も嵐の多い日。





旧制中学の国語教科には出てきていた
夏目漱石の連作を思い起こします。










 雨も煙りも一度に揺れて、余勢が横なぐりに、

 悄然と立つ碌さん(※登場人物)の体躯(からだ)へ

 突き当るように思われる。


 草は眼を走らす限りを尽くして

 ことごとく煙(けぶ)りのなかに靡(なび)く上を、

 さあさあと雨が走って行く。

 草と雨の間を大きな雲が遠慮もなく這い廻わる。

 碌さんは向うの草山を見つめながら、

 顫(ふる)えている。

 よなのしずくは、碌さんの下腹まで浸み透る。


    ───── 『二百十日』 抜粋  夏目 漱石 / 1867 - 1916







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漱石はこの「二百十日」に対(つい)して
「野分」 を書き上げています。

この作中で、
作品と、転機を迎えた漱石の本質を謳う
印象深い詞が出てきます。







 小き蝶の、小き花に、

      みだるるよ、みだるるよ。


 長き憂は、長き髪に、

 暗き憂は、暗き髪に、

      みだるるよ、みだるるよ。


 いたずらに、吹くは野分の、

 いたずらに、住むか浮世に、


 白き蝶も、黒き髪も、

      みだるるよ、みだるるよ。



    ───── 『野分』 抜粋  夏目 漱石 / 1867 - 1916







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人生における疑問、生き物としての矛盾は
何かの曲がり角で誰しも感じるときがありますが
その虚無を突き止めても、幸福という その本人にしか分からぬ 「実り」 は
多くの場合無いように思います。

その矛盾を受け入れ 折り合いをつける過程に
諦観や我慢というものがあるのであれば、「忘却」という代物こそ
彼らに衣装を着替えさせ、また理想や目標という正面を観させる
舞台監督のようなものなのかもしれません。


その対極に位置するものが、佳い意味で使われることが近代は多いながらも
意識や 取り巻く環境の変化向上を許さない
「頑固」という代物に思います。





心を亡くすということへの言葉の成り立ちに関しては
よく「忘」ではなく「忙」の字のことが話に上りますが
「忘」(みずから心をなくす)と「忙」(なにかにとらわれて心をなくす)の
性質の違いを考えると
「忘れ」というものは、時と場合によっては
やはり前向きな性格も大きく併せ持つ語にも思えます。





頑なであることも、また心の何かを亡くさせているのかもしれませんが、
そうあることでの心の喪失は、存外 「忘」 ではなく
人それぞれ自らが吐き出した何かにとらわれた 「忙」 のような気もして
自身はこうした事柄や輪に出会うと 自力では変えようの無いそれに
ただただ悲しくなるだけで
自分が創りだせる強い 「忘」 をもって
自分なりの前進につなぎたいと いつも思います。



人はあらゆる意味で 生のままに前進すべきだと感じています。












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 後絵忘 手塩皿   全御売約 個人蔵

※畿/ 都の古称。近畿はこの古称を用いて当用され続けている古い
 体系の言葉で、「都に近しい」の意。 畿内は五畿の内側の意味。
※五畿/ 古代の律令制のもと、朝廷が定めた行政区画で、時代ごと
 の古代朝廷が都を置いた大和、山城、河内、和泉、摂津の五ヶ国
 を指す。 これに準じて七道も設定された(道は古代における広域な
 行政区画を指し、北海道の呼称はその影響を受けて明治新政府に
 よって名づけられた)。
 北海道 (令制)が新設されてからは五畿八道と呼ばれ(令制後)、
 古代から明治という時代まで1000年を超え、五畿七(八)道は使わ
 れ続け、現在の日本各地の地方名の多く(東海、北陸、山陽、山陰、
 北海道など)もこれが由来となっていることから、現在も使用してい
 る範疇との見解も少数ながらある。
※野分/ 夏目漱石によって書かれた中編小説。 雑誌『ホトトギス』に
 1907年(明治40年)に掲載。この1907年は漱石にとって東京大学
 の講師の職を辞めることを公に発表し、『朝日新聞』へ投稿するなど
 本格的に作家として歩み始めた転機である。





【 西ノ京での営業終了のお知らせ 】
当店、2015年8月をもちまして西ノ京での店舗営業を終了させていただきます。
詳しくは『2015年8月をもちまして 同地での営業を終えます』をご覧ください
ませ。
移転地、その他情報につきましては、またこの場よりお知らせさせていただきます。









                            百芍丹
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by h_s_t | 2015-08-26 23:11 | 品々のこと

逍遥


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そして自身もようやくまた
旅に出たいと思うようになりました。

不思議なもので、皆さまにもきっとそういう場所はあると思うのですが
僕にも10代のころから延々と、目的も無くふと訪れ、
目的も無くただ逗留を続ける町があります。











この瀬戸内の小さな町は、かつてはたくさんの「良いおばけ」が住んでいて
今も少なからず住んでいるであろう印象を留めています。
町が林芙美子に所以のある場所であったことも起因していたのか、
逍遥の発端が何であったかはよく思い出せません。




「人さまの縄張りに入ったという動物的な不安」

「仮想な生活を観てしまう矛盾した不安」


こうした不可欠なものが、昨今の旅からは消えたことに
少し戸惑いを感じ、仕入れではない旅からは遠ざかっていました。

こうしたことを書くと、ますます理解しがたい店主に思われるのかもしれません。




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(1月×日)

一月の白い海と
初なりの蜜柑の匂ひは
その日の私を
売られて行く女のやうに さぶしくしました。



爪の垢ほどにも価しない私が、いま汽車に乗って、
当ても無く うらぶれた旅をしてゐる。
私は妙に旅愁を感じると 瞼が熱くふくらがつて来た。

便所臭い三等車の隅ッこに、銀杏(いちょう)返しの鬢(びん)をくつつけるやうにして、
私はぼんやりと、山へはいつて行く汽車にゆられてゐた。



古里の厩(うまや)は遠く去った。

花がみんなひらいた夜
港まで走りつゞけた私であつた。

朧(おぼろ)な月の光と 赤い放浪記よ
首にぐるぐる 白い首巻をまいて
汽船を恋した 私だつた。



一切合切が、何時も風呂敷包み一ッの私である。

私は心に気弱な熱いものを感じながら、古い詩稿や、
放浪日記を風呂敷包みから出しては読み返してみた。

体が動いてゐるせゐか、瞼の裏に熱いものがこみあげて来ても、
詩や日記からは、何もこみ上げて来る情熱がこない。

たつたこれだけの事だつたのかと思ふ。

馬鹿らしい事ばかりを書きつぶして溺れてゐる私です。




              「放浪記」 林芙美子 / 1903 - 1951  より


























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今は無くなってしまいましたが、戦後の闇市を思わせた海岸沿いのバラックのめし屋、
ほどなく歩くと対岸の島に渡る渡船が、この町にはあります。










町に張り出す山に目を向けると、山肌に添うように密集して建てられた
大正頃の家屋のひとつに、草木に飲まれゆく Fという風変わりな喫茶店があり、
この店の持ち主でもあるS先生にいつしか出会うようになりました。

在野の天才ともいうべき方で、心打ち解け、かつてのお仕事を見せていただいたりすると、
基礎という骨格が結局は応用の原点なのだとしか当時の自分にはわからず、
それでもこのとき受けた気付きは、今の仕事の中に生きることになりました。





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Kという集落に差し掛かると、かつての赤線地帯であったろう名残りを留め、
この、赤線特有の旧建築物のならぶ筋には、以前は鉄でできた真っ赤なくぐり門がありました。

いつも同じ場所にいる、殴られた野犬のような『眼』をした 黒いベストを着た昔ながらの客引き。
白昼、誰もいない通りに只一人客を待つという 現実離れを感じる風景を幾度か見ました。

あの誰も入っていないであろうキャバレー。
あの客引きは今でも健在なのだろうかと、ふと思うときがあります。

用もないのにその『眼』の前を通ると、自分はいかに関係が無い土地から来たばかりでなく、
そもそも、一切の関係が無い 人さまの領域に只一人居るのは自分であると、
旅というものが持つ本来の姿が鮮明に映し出されます。


思えば、この動物的な不安は旅に付随する大事な輪郭であったはずだけれども、
もはやそんなものは、今の世にどれほどの価値も無いのかもしれません。












知らないスーパーで買った土地の食べ物と酒を片手に宿に戻る。

投宿は渡船で対岸に渡り、海に面したKという、
古い船員宿を設え直したような民宿に泊まります。
窓からは海をはさんだ向こう岸の明かりが遠くに見え、
そのほか観るべきなどというものは何もありません。

自分に関連するものは何も無いはずなのに、
ずっとそこに居たような、来訪回数が増えたからそう思うのか、
それもだんだんどうでも良くなる諦観に近い感覚を、少し待っている自分に
気づくようになります。

旅に求めているものが、結局は人と異なりすぎているのかもしれないけど
エンツェンスベルガーと同じく、こんなものが僕の旅なのかもしれません。



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私に 『放浪記』 を貸してくれたのは、およねさんであった。
およねさんは、母の話では淫売婦であったが、
それがどんなものか小学生の私にはわからなかった。

<中略>

およねさんから借りた『放浪記』には、ところどころ傍線が入っていた。

それよりもおかしかったのは、地名がエンピツで書き直されていることであった。
たとえば北九州が八戸、四国の伊予が三本木、九州の桜島が浅虫、
といった具合にである。

それに「太物の行商人」が「反物の行商人」と訂正されてあるところを見ると、
およねさんは林芙美子と自分とをすっかり重複させて、
この本を自分の『放浪記』にしてしまいたいらしかった。

およねさんが、傍線を引いてあったのは、
「故郷に入れられなかった両親を持つ私は、したがって旅が古里であった。」とか
「人生いたるところ木賃宿ばかりの思い出を持って、私は美しい山河も知らないで」
といったところだったような気がする。

本来がうそつきで、それに盗癖があるということから、
およねさんは話し相手もなく、工事人夫や行商人が来て
「お仕事」 をしているときの他は、窓から顔を出していた。


およねさんの口ぐせは、
「あたしは旅人だからね。」
と云うことであった。
およねさんを見ていると、長いあいだ同じ家に棲んでいるのに、
「そこに住んでいる。」 という感じはなく、
仮の住まいというか、宿に泊まっているという感じが強いのであった。

それは家具がなかったせいもあるが、およねさんの性格にもよるのだった。
たぶん、およねさんのような人のことを、放浪人格というのであろう。




私が高等学校に入って、故郷をはなれてから、
ほんの一年もしないあいだに、友人から来た便りで、
およねさんが死んだことを知った。



「旅する者にとって、幻滅はすでにおなじみのものだ。
退屈をはらいのけるために、かれらはめくらめっぽう劇薬に手をのばす。
にもかかわらず、かれらは逃亡をくわだてるまもなく、
すでにそのむなしさを とくと承知なのだ。」 (エンツェンスベルガー)



赤い腰巻の、うそつきの、梅毒もちの、田端義夫ファンの、
万引常習の、滅法お人好しの、南無阿弥陀仏の、
放浪記の およねさん。



あなたのために、 この本の一ばん最初の詩は、 『放浪記』にしました。




              「放浪」 寺山修司 / 1935 - 1983  より














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※ 逍遥 / あてもなく、あちこちを歩き回ること。
※ 文中に適正と思われない語彙が多数ありますが、参照した作品の制作当時の
  原作者意図のまま、他意無く原文どおりの記載をしました。
  ここに注記いたしますとともに、ご理解頂けますようお願い申し上げます。
※ Archives










【 西ノ京での営業終了のお知らせ 】
当店、2015年8月をもちまして西ノ京での店舗営業を終了させていただきます。
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                            百芍丹
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by h_s_t | 2015-08-23 22:43 | 日々のこと

時間

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                            百芍丹

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by h_s_t | 2015-08-22 22:38 | 日々のこと

風祭



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立秋を過ぎ、盆の精霊を送南風(おくりまぜ)の中に見送り、
夜半には秋気を帯びてくるようになりました。



昼間は夏の気がまだまだ充つるものの
気づきにくいことですが、盛夏の頃よりも“風”が立ち、
風に出会うたびに 「移ろうのだな」 と感じます。

道端のふとした佇まいも何か少し落ち着きを見せつつ在ります。













七十二候の中でも 秋は「粛(しゅく)」のはじまりとされ
万物が落ち着きを以って 改まる季節としています。



前述のように「風」がその移ろいを案内し
大気全体を、ゆるやかに動く決意させます。

目ではなく、耳と肌など他の知覚を頼りに彼らを知ることは、
古くから行われてきた この島独特の感覚かもしれません。







 昨日こそ 早苗取りしか いつの間に

          稲葉そよぎて 秋風ぞ吹く


    ───── 『古今和歌集(905-912頃)』  読み人知らず




























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日本において 秋の風はさまざまな異称があり、
また地方ごとや、文字文化の中にも
非常に多くの呼び名を持つことに驚かされます。







これは「風」が、秋の中で欠かすことのできない存在であり
また風そのものを秋と、古い時代の人々は観ていたようにも、
僕は感じています。


秋を 色で指すところの「白」としていたところから付いたのか
秋風を指す「色なき風」などの呼称は
「目に見えない」ということを逆に尊んでいた、
言い換えると、目に見えぬことの価値の大きさを静かに伝えています。









秋風にも 春の春一番、冬の木枯らしのように、その到来を告げる
『初秋風(はつあきかぜ)/秋の初風(あきのはつかぜ)』 という語がありましたが、
秋の到来が「風」であることを気づかなくなった時代性の裏側で
徐々に使われなくなっていった言葉かもしれません。




 吹きいづる 寝所高く 聞こゆなり

         初秋風は いざ手ならさじ


    ───── 『後撰和歌集(成立年不明)』 小式乳母/ 999? – 1082?




















憂いと、その音がすることで逆に静けさを保つ秋風の音は、
特に「爽籟(そうらい)」と呼ばれます。





 爽籟や 布をゆたかに  使ふ袖


    ───── 朝倉 和江 / 1934-







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日本人は目に見えぬものに対して、その他の五感、
言葉で言い換えられぬ「感覚」を鋭敏にして
季節の到来を心の中に契機付けてきました。


秋は風(空気)であり、音であり、
もっと鋭敏な感覚を頼りに
「落ち着き改まっていく 気そのもの」
を感じることであるのかもしれません。




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風が

あなたの後れ毛を揺らし

なだらかな曲線を描いて

そっと通り過ぎていった


あなたのわずかな香りを感じながら

私は池の畔に座っている


つがいの鴨が

水面に映る空を渡り

朝の光が輝いている













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もう、寄り添ってくるあなたの肌が

気にならない季節だ


立ち上がって

あなたに聞いてみる


もう少し歩いていこう、と


岸辺では鯉たちが

波紋を重ね

群れている


その中で

まだ青いもみじ葉が

一片

静かに揺れている 



    ───── 『秋の初めに』  岩井 洋 / 1950-






























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 武雄唐津 刷毛目徳利

※風祀=風祭(かざまつり)/ 野分(台風など暴風雨の古い呼称)の被害から農作物
 を守り、豊作を祈るために行われる行事といわれるが起源は不明点が多い。全国
 各地に広く伝わっているが発祥時期などについても不明な地が多い。
※送南風(おくりまぜ/おくまじ)/迎えの盆にまず東風。その後、送りの頃に吹いて来
 る南風を指す。「送」とは盆に精霊を見送ること。送り火なども、こうしたことから南方
 の山や丘陵部が焼かれることはほとんど無く、北方の山に偏ることが多い。







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by h_s_t | 2015-08-21 18:16 | 日々のこと

波音



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備前に近しい、Oという集落。



上古からの焼締陶の系譜を引き継ぎながらも、
室町から江戸期において
漁具と、この土地特有の 一つ目小僧のような塩笥しか作陶しなかった。

特殊な窯地に思います。










最後の窯も 遥か昔日に途絶え、今は忘却の眠りについています。







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古い民具たち

目にすると、目元で汐の音が聞こえる。



具体的な役に立たぬものが 「傍に居る」 大きな価値を、豊かに伝えます。

骨董の「役に立つ」は、何の実用も指さない場合があるように常々思います。






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 When I watch it, I imagine the ripples lap the beach.

 I feel charm even if no practical use.
 In thinking about a Kottō, I feel that the word to be useful may not
 hint at practical use.

























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 室町-江戸期 漁具(O集落)
 古墳期 瀬戸内 尖底土器(海上り)





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by h_s_t | 2015-08-20 16:44 | 品々のこと





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松原遠く 消ゆるところ

白帆(しらほ)の影は浮かぶ

干網 浜に高くして

鴎は低く 波に飛ぶ

見よ 昼の海

見よ 昼の海


島山 闇に著(しる)きあたり

漁火(いさりび)光淡し

寄る波岸に 緩くして

浦風軽く 沙(いさご)吹く

見よ 夜の海


見よ 夜の海



    ───── 『海』 旧文部省唱歌 / 作詞作曲不詳





























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 盆が早よ来りゃ 早よもどる




 花はなんの花

 つんつん椿

 水は天から 貰い水



    ───── 『五木子守唄』 抜粋  / 発祥不詳




























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 戦前-終戦復興期 糸引文硝子
 大正期 古写真

※「水は天から貰い水」/ 死んだあと、水は天から雨として貰うから心配しないで
 の意。







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by h_s_t | 2015-08-19 16:38 | 品々のこと

遠雷


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僕は白い リンネルの服を着てゐた

君はうすネズミ色の服を着てゐた

二人とも同じやうなパナマ帽子を

眼深に被つて つよい光線を避けてゐる



あかるい軽井沢の夏



長野附近で出来る 青林檎がもう町に出てゐた

水晶の五重の塔や 仏像などならべた店

ポンポンダリヤ グラジオラス 矢車草 フランス菊

花々の花屋

それから アメリカン・ベーカリーの前を通るとパンを

焼く匂ひがした

踏切のベルが鳴つて 草津行きの電車が過ぎた

僕たちは離山の頂きの草に 腰を下して語つた

眼の下にゴルフリンク 落葉松の林

別荘 ホテル ホテルのロッヂ

僕たちは語つた 現実を離れたロマンを

ノヴァーリスの青い花のやうなロマンを



遠く雷鳴がきこえた



  小諸(こもろ)辺(あたり)だらうね



その方角を眺めて 恁(か)う言ひながら僕たちは やっと

ロマンからかへつた



    ───── 『 遠雷 』 田中 冬二 / 1894 - 1980










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少女がその村を立った日に

私は一人だけで 村の停車場まで見送った。


生徒割引票に名前を書くとき

鉛筆箱をひっくり返したので

私がそれを拾ったら

小さな鉛筆が二本と

やっぱり小さな消しゴムが 一つ入ってゐた。

少女は 少し恥かしさうに 優しく笑った。


汽車はじきに村から見えなくなって

私は帰り道、草にねて

長いこと 空の雲を見てゐた。



    ───── 『夏休み』 2より  野村 英夫 / 1917 - 1948



































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停車場のプラツトホオムに

南瓜(かぼちゃ)の蔓が匍ひのぼる


閉ざされた花の扉(と)のすきまから

てんたう蟲が外をみてゐる


軽便車が来た

誰も乗らない

誰も下りない



棚のそばの黍(きび)の葉つぱに

若い切符きりが ちよつと鋏(はさみ)を入れる



    ───── 『晩夏』  木下 夕爾 / 1914 – 1965























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 愛をつくりだす気分なら 過去のよう



    ───── 『 Woman・S 』抜粋





















 清朝 釉裏紅 魚藻文   御売約 個人蔵






【 西ノ京での営業終了のお知らせ 】
当店、2015年8月をもちまして西ノ京での店舗営業を終了させていただきます。
詳しくは『2015年8月をもちまして 同地での営業を終えます』をご覧ください
ませ。
移転地、その他情報につきましては、またこの場よりお知らせさせていただきます。







                            百芍丹
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by h_s_t | 2015-08-18 22:28 | 品々のこと



 The summer of this year

 will end soon



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 われ、昔、

 この虫のかたちを知らず、


 ただ遠く そが音(ね)を聞きて

 さびしさに 涙ながしき。


 今 われ年たけて、人生(ひとのよ)の寂しさの

 まことの相(そう)を 知れるとき、

 真昼 松山(しょうざん)に入りて、 

 明らかに


 この虫の姿を見たり。




    ───── 『蜩(ひぐらし)』 西条 八十 / 1892 - 1970






































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 蝉もわたしも

 時がながれてゆく風


    ───── 種田 山頭火 / 1882 - 1940
















































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A votive tablet, an ema. Originally people donated a living horse to
Shinto shrine. And later people donated a picture of a horse. Ema
literally means “picture of horse.” Various designs were created
afterwards, every each Shinto shrine.

Tengu are a type of legendary creature found in Japanese folk religion
and are also considered a type of Shinto god (kami) or yōkai
(supernatural beings - touched by divinity).




























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八月の 

山の昼

明るみに

雨そそぎ

遠雷の

音をきく。



雨の音

雷の音

うちまじり

草は鳴る

八月の

山の昼。


をりからに

空青み

日は照りぬ ────

静かなる

色を見よ

山の昼。



    ───── 『晴間』  三木 露風 / 1889 - 1964


















 古絵馬天狗 烏天狗図

※ヒグラシ/ 漢字表記は蜩、茅蜩、秋蜩、日暮、晩蝉など。晩夏ではなく、秋を告げる季語。









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                            百芍丹
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by h_s_t | 2015-08-17 21:15 | 品々のこと