蝋梅 ― ろうばい

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  まばゆしや 君をし見れば

  薄ら氷(ひ)に 朝日かがよふ


  えふれじや 君としをれば

  蠟梅の花ぞ ふるへる


  冬こそは ここに  ありけめ









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          「 冬 」 (旧版底本)   芥川 龍之介 / 1892 – 1927 
 














 
                           百芍丹
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# by h_s_t | 2017-02-26 12:12 | 日々のこと

凍解(いてとけ)と二月尽(にがつじん)



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如月という美しい字があてられた二月も
いよいよ終わりを迎えようとしています。





凍りついた大地も緩み、
あまり使われなくなってしまった「凍解(いてとけ)」という言葉そのままに、
冬が春の到来を許し、立ち去る感がそこここに溢れ始めました。



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二十四節気においても雪はもう降らず、雨となり、
積もった雪も水へと姿を変えていく「雨水」をすでに越えました。

今年はこの「雨水」のころが、各地は雪に覆われ
冬が最も激しく、最後に春に立ち向かった感があります。



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地球の表面には年間平均1000mlの雨や雪が降ります。
対して大気圏内の水蒸気は降雨量に変えると平均して25ml。

海や河川、森林を介して、空気中の水は年間40回も全く真新しいものに
単純計算では入れ替わっていることになります。

理想的な平衡を持った、こうした循環の中に
身を置かせてもらっていることになります。
















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今週には、「霞始靆(かすみ はじめて たなびく)」という時節を越えます。

山々に春らしい霞が靆(たなび)きはじめ、水蒸気たちは山々に満ち
野辺を霞みがける魔法のような時間があちこちで始まります。

この水蒸気が所謂「花冷え」をもたらす原因のひとつかもしれませんが、
上古の万葉の時代から「春は霞(朧/おぼろ)」※とされ、
この島国の山河が織り成す、美しい表情のひとつに思います。




  淺緑(あさみどり) 花もひとつに かすみつつ

        おぼろに魅(みゆ)る  春の夜の月

                     ───── 菅原 孝標女 / 「新古今和歌集」(巻一) 春歌上・56



  霞立つ 長き春日を 挿頭(かざ)せれど

        いや懐しき  梅の花かも

                     ───── 小野氏 淡理 / 「万葉集」(巻五・846)


  春たつと いふばかりにや み吉野の

        山もかすみて  今朝は見ゆらむ

                     ───── 壬生 忠岑 / 「拾遺集」1



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二月の終りを告げる季語、「二月尽(にがつじん)」。

それぞれの月に“尽(じん)”を付け、終りを示した季語です。



「逃げる」と当てられるほどに早く終わる二月。
同時に終わりを待つ感も、誰しも一様にあるのではないかと思います。

期待しても良い暖かさへむけた冬の終りを含め、
卒業に向けて、入学に向けて、就職や独立に向けて、
新しいことを見越し何かが無事終わりつつある良さを内包し、
ほっとしたものを感じる、人間らしい季語に思います。



そして、鳥たち同様に
皆、出発が近いことを 胸に秘めているような語かと。










  ちらちらと 空を梅ちり 二月尽


          ───── 原 石鼎 / 1886 - 1951










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※当時から、朝昼のものを「霞」、夜を「朧」と区別し愛でられてきています。






                       
                              百芍丹
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# by h_s_t | 2017-02-25 12:00 | 日々のこと

反復-本質の記号化  ───── 縄文土器陶片




縄文早期-中期の陶片。

いずれも安価なもので、出土地、経緯 全く分かりません。



このようなものを購入しても実用には程遠いながらも、
数千年前の日本人の生んだ「トラッド」な思考が、
この店の運営に わずかながら役立つ気付きを
いつも与えてくれています。


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それぞれの掻落文、孔文、貝文、縄文、etc…。

不規則なようでパターンやグループとして認識可能で
反復性のあるものが多く、反して精緻な規則性は無い。
加えて、多くは入念に最後(仕上がり)を予想したものではなく
文様の辻褄(つじつま)が合わない箇所がある。


これは、
人の活動そのものに感じます。


いかに進歩しようとも変えがたい、人間の本質の記号化。









縄文人は、後の農耕をもたらす弥生人と異なり
山河の中で狩猟採集を行い、航海術にも長けていましたが、
近年のDNA型の細分分析によって分かってきたことは
ポリネシアなど南島系種族とはまた異なる種族と考えられており、
北方系種族の弥生人の移入前に、この島国に辿り着いていたようです。

寒さから厚い肉で目を守る必要がなく
薄い肉の瞼(まぶた)から、はっきりとした二重瞼であったのが特徴と言われています。












遮光器土偶をはじめ、この時代の土偶は
後の時代の宗教とは異なり、崇拝の対象ではなかったことも
分かりつつあります。

自分たちが恵みを得て、かつ争うことは困難な、
強大な力を持つ「自然」というものからの
霊性を得るためや、祈祷のため製作されたという説が有力です。

祈祷や祭りのようなものでは、どういった歌が歌われていたか、
おそらく単純な音や声の「反復」であったろうとは分かれども
もはや誰にも分かり得ません。

また、この考えは人型に合わせて生まれた土偶だけでなく、
土器にも当てはまるのでは、という考え方が一般的です。


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後の時代に言語化され、「呪」という言葉があります。



「呪」と聞くと、度を過ぎるホラー映画の影響からか
人や死者の禍々(まがまが)しいものを想像しがちですが
僕たちの生活の中に今も生き、無意識にそれを行っている人もたくさん居て、
今日、知らずとお子さんにしているお母さんもたくさんいるはずです。







「おまじない」 がこれに当ります 。







「まじない」を変換すると、「のろい」と同様に
『呪い』 となります。


古い語義の実体は、 実は同義です。








「いたいの いたいの 飛んでいけ」

             - 呪歌 /本州中心に広域 発祥不明 「痛みの緩和」


「嚔(くさめ)、嚔(くさめ)」
             - 呪歌 /広域 発祥不明 「くしゃみが出た後の凶兆封じ(≒呪詛返し)」
                    参照:「枕草子」、「徒然草」、「簾中抄」、「拾芥抄」 他
                    ※後に「くそくらへ」「糞食らえ」「ちくしょう」などに転化


「血の道は 父と母の 始めなり 血の道かえせ 血の道の神」
             - 呪歌 /広域 発祥不明 「血止め」


「とうぴんぱらり」「とっぴんぱらりのぷう」
             - 結句 /東北 発祥不明 「話の終わり(現実に戻る)」
                    「めでたし、めでたし」など広域に同義のものあり


「桑原桑原(くわばらくわばら)」
             - 呪歌 /甲信越を中心に広域 発祥不明 「雷除け」


「さるでさるまさ さるでさるまさ さるでさるまさ さるでさるまさ」
             - 呪歌 /東北 発祥不明 「糸のもつれをほどく」
                    ※「フキフキホグセ」「フイテホゴセ」(いずれも関東圏)など
                      多地方に形を変え存在





お気づきになられている方も多いかと思いますが、
多くの呪歌は、同音や同語の「反復」という規則性やパターンを持ちます。


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「のろい」と「まじない」。

辞書を紐解くと、現在では別の意味がその使用観から出てきてしまいますが※
いずれの語彙の裏側にあるのは

・受けた人間の行動を律する(制限・制約する)
・心理的効果

という点かもしれません。



























土器の表面の反復から、古いまじないを読み取り
お客様の心理的効果と行動を律する…。

そんなことは超能力者でも無理な、それこそオカルト話ですが
今日一日を良い日にするために、笑顔で近隣の方に挨拶したり
商品をご覧いただきやすくするため約束を与え整列させたり、
自分にまじないをかける大事さと、
反復する毎日に意味があることを
土器は語ります。



そして、土器の文様に辻褄が合わない箇所があるように
人間には出来ない日もある、ということも
こっそりと教えてくれているようです。










※広辞苑には古語ながら「まじくなふ」という語彙が今も記されています。
※呪歌・俗信・昔話は地方によりその内容に差異があります。詳細は日本民俗学会、
 現代民俗学会等、国内各学会寄稿の論文をご参照ください。
 この場では割愛させていただきます。
※撮影の石器のみ国内縄文期のものではなく、より遡った時代となる中石器時代(ア
 フリカ北部-紅海域)の参照撮影品です。ここに注釈させていただきます。

■縄文土器陶片   御売約







                       百芍丹

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# by h_s_t | 2017-02-24 15:54 | 品々のこと