「白瓷(しらし)」
陶片さえ見る機会がなくなってきた器種かもしれません。 そして、ネット上においても、その存在があまり見聞きされることなく 未解明の謎が多い品です。 なまめかしい肌と他を寄せ付けぬ気品、人間らしさと非現実、 いろんなものが混在しています。 「圧倒的だな」 というのが出会うたびの感想です。 最初はどう観てよいか分からぬときもあります。 時代は飛鳥~平安期という上古の時代に遡ります。 極めて丁寧に水簸(すいひ)して準備された陶土。 窖窯(あながま)しかない時代性とは裏腹に 指で弾くと甲高い音を発するほどの硬度を得た焼成。 うっすらと雲母光りする釉。 積み焼きせず、個別に窯入りしたであろう痕跡。※ 山茶碗とは全く出自が異なる品であることは明瞭です。 そして鎌倉期の古瀬戸につながる連鎖からも外れるかのように ある種の独自性を残しています。 分かることは、当時の英知を結集して制作が始まり、 特別な器種として扱われたであろうことのみです。 大陸では青磁の誕生に続き、完全な磁器質のものの誕生は 宋代を待たねばならぬものの、六世紀の北斉~隋ごろ、 原始的な白磁がついに誕生します。 遣隋使にて仏教に次いで日本にもたらされ、大きな衝撃を残したか否か。 文献には残っていませんが、ある種の時代交錯を感じます。 日本後紀に興味深い内容が記されています。 造瓷器生(ぞうしきせい)、尾張国山田郡人(おはりこくやまだのこほりひと)、 三家人部乙麻呂等三人(みやけのひとべ おとまろらさんにん)、 伝習成業(でんしゅうぎょうなり)、 准雑生聴出身(ざつしょうにじゆんじしゆつしんをきく) - 弘仁六年正月五日(815年)/ 日本後紀 巻二十四 これは尾張の乙麻呂という人たち三人が、瓷器という器のまとまった量の焼成に成功し、 (中央の朝廷貴族層からの需要に応えられる功績で)賎民扱いをとりやめ 官吏に準ずるほどの待遇になったことを伝えています。 問題は、朝廷や貴族、有力豪族が必要とした 「瓷器(尾張瓷器)」 とは一体何なのかです。 「尾張瓷器は須恵器に淡緑色の鉛釉」という説を展開した赤塚幹也氏に対して、 楢崎彰一氏は「青瓷と白瓷の二種あり」として学説を展開しました。 弘仁年間には唐の白磁を手に入れていた朝廷貴族層が、 それに準じた国産品として評価したのか。 そして、最も分からないのが、当品のような白瓷は 山茶碗と同様に「何のためにつくられたか?」です。 山茶碗は庶民用、白瓷(の碗)は貴族用の飯茶碗、とする人 祭祀用とする人。 諸処の博物館、歴史学者、考古学者、陶磁研究者によって大きく異なり いまだ謎の解明には至っていないように思います。 僕個人としては、その発端は祭祀であり、 後に呪験的にも霊性を授かれるよう、早い段階で食器として用いたように感じています。 持統元年(687年)。 持統天皇が飛鳥寺に高僧300人を集め、先帝の冥福を祈ったときの詔(みことのり)は 当時の実情をよく示すように、後の日本書紀に伝えられています。 「詔詞酸刻、具(ツブサ)ニ 陳(ノ)ブ可ラズ」 白瓷が生まれたころの日本の政治社会。 貴族同士の権謀の政争ははてしなく、破滅するものはただちに一族の死や零落を意味し 勝者とて、敗者の姿はつねに明日の自分の分身かも知れぬ、大きな重圧の中にありました。 仏教伝来以降、日本独自の本地垂迹説により、彼らには貧弱に感じていた元来の神々は 「救済」という新しい理論を持った仏教に組み込まれていく過渡期でもありました。 それら神仏の霊性の宿る器とも観て、直ちに実用に至っていく、 そう考えても不思議は無いように思います。 そして、実物を目の前にするたびの実感として、そう自然に感じる品です。 猿投白瓷 御売約 個人蔵 ※碗型の山茶碗、山皿の器型に関して、糸切高台にする必要が生じたであろう 鎌倉~室町期のある器物との関連は、長くなりましたので、またの機会にしたく思います。 ※積焼きや、モミガラ高台のものは全て山茶碗とした時期がありましたが、平安時代後期10~12世紀 頃には白瓷にトチンを使った積焼きや、モミガラ高台の中間位相の品も出現し、蛇足ながら注記してお きます。 ※瓷器については天暦4年(950年)仁和寺御室御物目録、貞観9年(867年)安祥寺伽藍縁起資財帳、 永久5年(1117年)正倉院文書「綱封蔵見在納物勘検注文」と現在の正倉院三彩(瓷器釉彩品)五十七 点の一致など、各種資料をご参照ください。ここでは割愛させていただきます。 百芍丹
by h_s_t
| 2013-12-10 16:27
| 品々のこと
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hyakushakutan
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