追儺 (ついな)

立春の前日となる節分。

この日までを節季では冬と見て、翌日
二十四節季でいう年の最初の時節 「立春」を迎えます。




  「 春の気 たつを以て也 」 
                   ― 江戸後期 / 太玄斎(松平頼救) 『暦便覧』


  ひさかたの 天の香具山 このゆふべ
           霞たなびく  春立つらしも    - 柿本 人麿 / 660年頃 - 720年頃







春が立つ。

古くから使われた特別な言霊でもある 「立つ」は、その字義の本来においては
神々しい秘めたるようなことが忽然と姿を現すこととされています。



  春立つと 古き言葉の 韻(ひびき)よし    - 後藤 夜半 / 1895 - 1976



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「節分」という文字は、本来は総じて季節の分かれ目をさす言葉で
立春・立夏・立秋・立冬、節季立つそれぞれの前夜にありました。


ただ、春と冬という全く異なるものが鬩(せめ)ぎあう立春前の節分は、最も陰陽が対立し、
邪気も精一杯戦うために過分に出る時節として恐れられた夜です。
方良退散に元を発する中国の祭祀や、陰陽道、方違、物忌、反閇※などの影響から
宇多天皇(867-931年)の頃から豆が撒かれていくことになります。



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  中国で鬼とは死霊・祖霊の意味

  それが日本に渡来し蝦夷(えみし)や粛慎人(みしはせびと)などの
  反朝廷勢力を魅鬼(もこ)・順(まつろ)わぬ鬼神 ― などと呼んだ
  そして鬼の字義は変容し、やがて穢れ災厄を担う
  抽象的な鬼が誕生する。

  方相氏の儀式は日本にも 宮中に大晦日に行われる
  追儺(ついな)の儀式として七世紀の末には伝わっていた。
  舎人(とねり)の鬼を大儺小儺(だいなしょうな)が追い回し
  鬼は内裏(だいり)の四方に追い回される。

  そして この追儺はやがて民間にも流布した ―

                            ―  抜粋 / 京極 夏彦
 



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冬に喩えられて「邪気(鬼)」とされたものが本来は何であったのか
良く考えてみる必要はありますが、
三寒四温には遠くとも、蝋梅ほころび
一生懸命に春がようやく一歩を踏み出そうとしている、

そんな節季を迎えたこの頃です。



そして、去り往く「冬」にも、

同じように、たくさんの気持ち残る
節分に思います。



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  鬼やらいで追い出された

  鬼の親子たちが

  タンポポ堂に集まってくる


  悉皆有仏性と

  おっしゃったんだから

  鬼にも仏性がある筈

  よしよしといって

  おこしやせんべいを出してやる

  夜が明ければ

  また行く処もあろう

  お祭りだから

  我慢するんだと

  言いきかせ

  鬼たちと

  念仏をとなえる


             「 節分の夜 」  坂村 真民 / 1909 - 2006

















※ 「方違、物忌、反閇」 それぞれ道教方術の一種。
 反閇(へんばい)は古くは禹歩(うほ)とも呼ばれています。









                         百芍丹



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by h_s_t | 2014-01-31 12:14 | 日々のこと
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