寄り神


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古代から、寄り鯨や流れ鯨(生死を問わず)は
「 一頭頂かんば 七浦を潤し 」 と。


食料として、灯し油や除虫薬として、
骨や髭は道具として。








捕鯨の習慣の無い漁村でも、
湾や入り江に入ってくる鯨(いさな)や鯱(しゃち)、甚平鮫、海亀などは
魚群を追い込んでくれる「海の神」の最たる示現でした。


補食した場合、それぞれの土地は
現代の都会に住む人々の感覚以上に手厚く葬り、
墓や社、塔を建て、祭礼を行い
数百年経った現在も、その供養は欠かさない。





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 祝い目出度(めでた)の若松 サイヨウ 

 枝も栄える 葉も茂る 

 ター 竹に成りたや 大山の竹によ 

 旦那栄える ミシルシ竹



               ───── 『生月勇魚捕唄(平戸)』 抜粋



















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鯨同様の古い信仰は、「寄り物(漂着物」)への信仰で
この信仰は、いつのころからか夷(蛭子・恵比寿)信仰と習合していきます。




波が寄せもたらす、あらゆる物
漂流物、水死体、難破船、漂泊の不具者、鯨、寄り鯨、流れ鯨、巨大な魚は
全て「エビス」と呼ばれました。




意図があるかのように浜に物をもたらす波。

脈動のように寄せる波そのものに、
海が意思を持つと信じるに足る神格を、
人々は自然と持っていったのであろうと思います。














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 奉納 鰯鯨大髭(三尺)   御売約 個人蔵
 夷体 民衆仏   御売約 個人蔵

※鯨供養/ 鯨墓(鯨塚)は現在、江戸期のもので約54基確認されている。碑や祠を
 含めた中世以前のものを合わせると100を超える。戒名は大名などと同等の最上
 位のものが与えられることが多い。
 鯨を祀る神社は西日本を中心に、小さな社を含めると極めて多く、長崎・諏訪神社・
 海童神社、呼子・田島神社・三社大権現、樺太・札塔恵比寿神社、三宅島・鯨神社
 など、想像以上の数が今も存在し大事に祀られている。
 (Ex./ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E5%A1%9A
※「宮本武蔵と大鯨と鯨涛」/ 歌川国芳 (Utagawa Kuniyoshi, 1798 - 1861)








                        百芍丹


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by h_s_t | 2015-04-01 17:29 | 品々のこと
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