三寒四温へ          5


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チェホフはご承知の通り、「桜の園」の中に新時代の大学生を点出し、
それを二階から転げ落ちることにしています。
わたしはチェホフほど新時代にあきらめ切った笑声を与えることはできません。
しかし又 新時代と抱き合うほどの情熱も持っていません。


なお又わたしはブルヂョオワたると否(いな)とを問わず、
人生は多少の歓喜を除けば、多大の苦痛を与えるものと思っています。
これは近頃Nicolas Ségurの書いた「アナトオル・フランスとの対話」を読み、
一層その感を深くしました。
ソオシアリスト・フランスさえ彼をソオシアリズムに駆りやったものは

「軽蔑に近い憐憫」

だと言っています。


右突然手紙を差し上げた失礼を赦して頂ければ幸甚です。
頓首。


  昭和二年 三月六日              芥川竜之介
  青野季吉 様


              ───── 1927年 芥川龍之介(晩年期)
                    青野季吉宛て書簡 原文抜粋




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※青野季吉(1890-1961)/評論家。大正後期から『種蒔く人』、『文藝戦線』
 同人になりプロレタリア文学の擁護者、理論家として活躍。
 芥川の死後、二次大戦勃発。戦後に「通俗小説に納まる俗物性に我慢のな
 らない彼等の作家精神こそ重大」と批評(昭和25年)。
※同時期、文芸界含め、知識・文化人層は左傾化を良心の責務と考える風潮
 が介在し、共産主義思想に信を置くことができなかった芥川は、一転、「ブル
 ジョワ作家」の代表として罪なく攻撃のターゲットとなり、何知らぬ人からも誹
 謗中傷が集中。精神を衰弱させる一因となった。
※底本を石割透氏編(全書簡)としております。改行等は判読しやすく改行し、旧
 字等の凡例に関しては底本に沿います。ご了承ください。








                          百芍丹
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by h_s_t | 2017-03-02 16:16 | 日々のこと
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