2015年 08月 26日 ( 1 )

忘却



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台風が過ぎた今日の近畿は 日差しの強さを目深に忘れれば
動く風は一変して、
秋の到来を強く感じさせるものとなりました。



























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風雨の忘れられた古称に「野分」があるかもしれません。
歌や句などの世界では残るものの 常用からは外れ、
日常では遠く忘れられ 久しい語です。

それぞれの原風景のうちで草原や山並みが出てくる方が居られたら
台風というよりやはり「野分」と書いた方が
その風雨の勢いを好く表しているように
感じられる方は多いのではないかと思います。



立春から数えて二百十日目となるの9月1日から、
二百二十日に当たる9月11日まで。
古くから最も嵐の多い日。





旧制中学の国語教科には出てきていた
夏目漱石の連作を思い起こします。










 雨も煙りも一度に揺れて、余勢が横なぐりに、

 悄然と立つ碌さん(※登場人物)の体躯(からだ)へ

 突き当るように思われる。


 草は眼を走らす限りを尽くして

 ことごとく煙(けぶ)りのなかに靡(なび)く上を、

 さあさあと雨が走って行く。

 草と雨の間を大きな雲が遠慮もなく這い廻わる。

 碌さんは向うの草山を見つめながら、

 顫(ふる)えている。

 よなのしずくは、碌さんの下腹まで浸み透る。


    ───── 『二百十日』 抜粋  夏目 漱石 / 1867 - 1916







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漱石はこの「二百十日」に対(つい)して
「野分」 を書き上げています。

この作中で、
作品と、転機を迎えた漱石の本質を謳う
印象深い詞が出てきます。







 小き蝶の、小き花に、

      みだるるよ、みだるるよ。


 長き憂は、長き髪に、

 暗き憂は、暗き髪に、

      みだるるよ、みだるるよ。


 いたずらに、吹くは野分の、

 いたずらに、住むか浮世に、


 白き蝶も、黒き髪も、

      みだるるよ、みだるるよ。



    ───── 『野分』 抜粋  夏目 漱石 / 1867 - 1916







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人生における疑問、生き物としての矛盾は
何かの曲がり角で誰しも感じるときがありますが
その虚無を突き止めても、幸福という その本人にしか分からぬ 「実り」 は
多くの場合無いように思います。

その矛盾を受け入れ 折り合いをつける過程に
諦観や我慢というものがあるのであれば、「忘却」という代物こそ
彼らに衣装を着替えさせ、また理想や目標という正面を観させる
舞台監督のようなものなのかもしれません。


その対極に位置するものが、佳い意味で使われることが近代は多いながらも
意識や 取り巻く環境の変化向上を許さない
「頑固」という代物に思います。





心を亡くすということへの言葉の成り立ちに関しては
よく「忘」ではなく「忙」の字のことが話に上りますが
「忘」(みずから心をなくす)と「忙」(なにかにとらわれて心をなくす)の
性質の違いを考えると
「忘れ」というものは、時と場合によっては
やはり前向きな性格も大きく併せ持つ語にも思えます。





頑なであることも、また心の何かを亡くさせているのかもしれませんが、
そうあることでの心の喪失は、存外 「忘」 ではなく
人それぞれ自らが吐き出した何かにとらわれた 「忙」 のような気もして
自身はこうした事柄や輪に出会うと 自力では変えようの無いそれに
ただただ悲しくなるだけで
自分が創りだせる強い 「忘」 をもって
自分なりの前進につなぎたいと いつも思います。



人はあらゆる意味で 生のままに前進すべきだと感じています。












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 後絵忘 手塩皿   全御売約 個人蔵

※畿/ 都の古称。近畿はこの古称を用いて当用され続けている古い
 体系の言葉で、「都に近しい」の意。 畿内は五畿の内側の意味。
※五畿/ 古代の律令制のもと、朝廷が定めた行政区画で、時代ごと
 の古代朝廷が都を置いた大和、山城、河内、和泉、摂津の五ヶ国
 を指す。 これに準じて七道も設定された(道は古代における広域な
 行政区画を指し、北海道の呼称はその影響を受けて明治新政府に
 よって名づけられた)。
 北海道 (令制)が新設されてからは五畿八道と呼ばれ(令制後)、
 古代から明治という時代まで1000年を超え、五畿七(八)道は使わ
 れ続け、現在の日本各地の地方名の多く(東海、北陸、山陽、山陰、
 北海道など)もこれが由来となっていることから、現在も使用してい
 る範疇との見解も少数ながらある。
※野分/ 夏目漱石によって書かれた中編小説。 雑誌『ホトトギス』に
 1907年(明治40年)に掲載。この1907年は漱石にとって東京大学
 の講師の職を辞めることを公に発表し、『朝日新聞』へ投稿するなど
 本格的に作家として歩み始めた転機である。





【 西ノ京での営業終了のお知らせ 】
当店、2015年8月をもちまして西ノ京での店舗営業を終了させていただきます。
詳しくは『2015年8月をもちまして 同地での営業を終えます』をご覧ください
ませ。
移転地、その他情報につきましては、またこの場よりお知らせさせていただきます。









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by h_s_t | 2015-08-26 23:11 | 品々のこと