カテゴリ:品々のこと( 61 )

蛇神

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蛇神とは、字義のままに蛇が神格化したものと解しています。




旧約聖書での登場が有名ですが(それが原始宗教の払拭を考えた聖書の意図的なものかどうかは俗説ながら)、
本来は世界各地の原始宗教で大地母神として、自然の恩恵と再生の象徴として多く結びつけられていました。






















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日本では赤城山の赤城大明神、「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」や、
大神神社に祀られる「大物主」が知られますが、
基本は前述のとおり原始信仰と密接な関係性を日本でも見ることができ、
蛇神に関しては個人的には諏訪などの山間域の民間信仰や説話に注目しています。




『古事記』に語られる「国譲り神話」では、高天原の「天照大神」は軍神・建御雷を派遣し、
出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)」と息子の事代主は国譲りを承諾します。

しかし、もう一人の息子、建御名方神(たけみなかたのかみ)はすぐには承諾せず
、戦いつつ信濃(科野)の「州羽の海(諏訪湖)」まで追われたのちに、
「国譲りを承諾するが、この地(諏訪)からは出ない」と言った、神話期から諏訪は謎の多い場所です。




諏訪大社は実はこの建御名方神が来る前からあった
神社(または呼び名の異なる原始祭祀施設)であったことが伺え、
諏訪大社そのものも「竜蛇」への信仰と関係が深く、またその成り立ちから現在まで
不思議に包まれた神社であると言っても凡そ過言ではないように感じています。









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古くはこの諏訪地方にもともといた「ミシャグチ神」などの神が
祭神であったという説があります。


ミシャグチ神は「塞の神(さいのかみ)」という境界を護る結界神で、
主に東日本各地に痕跡の残る古い神ですが、諏訪ではソソウ神(蛇神)と同一とされ、
白蛇の姿をした蛇神でもあり、同時にモレヤ神(狩猟神)とも同じとされています。














日本最古の巫女の姿かもしれない土偶、
とぐろを巻いたヘビを頭に載せた「巳を戴く神子」の土偶が発見されたのは、
奇しくも長野県の八ヶ岳山麓、
諏訪大社にほど近い「井戸尻遺跡群」の「藤内遺跡」でした。





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古銅彫金 火焔宝珠に巻きつく蛇神像 神人氏子札
Hebigami(Mizuchi, Jyashin), the worship of snakes are related Japanese old primitive religion
兵庫県丘陵地 旧士族家より 明治期か


the word 'zuchi' in old Japanese referred to a snake, as in the word 'mizuchi,' the names of these gods represent serpent gods named 'Ashi-nashi-zuchi' (or a serpent without feet) and 'Te-nashi-zuchi' (a serpent without hands). And, People in Suwa region say that Mishaguji takes the form of a white snake, perhaps because it was fused with the Soso deity which was a snake kami of Suwa.









百芍丹
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by h_s_t | 2018-05-09 17:37 | 品々のこと

立春は雨水へ




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銀(しろがね)も

金(くがね)も 玉も

何せむに


    ───── 「万葉集」(巻五)803 / 山上憶良 上句抜粋



















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砂張盆、明治期グラビュール硝子盃、仏手
alter fittings, old copper tray etc…

※立春 (りっしゅん) 2/4頃 春の気たつを以て也(暦便覧)
※雨水 (うすい) 2/19頃 陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也(暦便覧)











                        百芍丹

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by h_s_t | 2018-02-10 23:33 | 品々のこと

安南

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Anh đi làm thợ nơi nao


Để em gánh đục gánh bào đi đưa


Trời nắng cho chí trời mưa


Để em cởi áo che cưa cho chàng











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百合文写 安南 檳榔煙草 石灰入
blue and white small pot / 19th century, Vietnam
※安南/ベトナム北部から中部を指す歴史的地域名称。唐代の安南都護府に由来。







                        百芍丹

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by h_s_t | 2018-02-09 22:27 | 品々のこと

二月尽

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二月尽


帰鳥

雪止む































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雲の多い三月の空の下

電車は速力をおとす


一瞬の運命線を

僕は梅の匂いにおきかえた




    ───── 「春」 抜粋 / 谷川 俊太郎 1931-























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春が来たなら 花が咲いたら

木のかげに小さな椅子に腰かけて

ずうと遠くを見てくらさう



そしてとしよりになるだらう



僕は何もかもわかつたやうに

灰の色をした靄(もや)のしめりの向うの方に

小さなやさしい笑顔を送らう




僕は 余計な歌はもう歌はない




手をのばしたらそつと花に触れるだらう


春が来たなら ひとりだつたら



    ─────   立原道造/ 1914 - 1939
















巣山古墳型 水鳥埴輪 a burial mound figure, shaped a water bird, type Suyama ancient tomb / end of 4th -5th century, Nara pref. Japan
水鳥 唐紙版木 old printing wood block for Karakami decoration paper / Unknown Kyoto pref. Japan

※二月尽 / 初春 二月果つ/二月尽く/二月逝く 二月の終わること(季語)











                        百芍丹

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by h_s_t | 2018-02-08 21:54 | 品々のこと

「禁視の神々」展 一週目を終えて




‘Broke the taboo to open’ と副題を添えさせていただいた展示の本展。

依り代を解く、禁忌の先の造形

祈りの形は本当に様々な様式を孕んでおり
最も早く旅立っていったのは、中は只の空間であった品でした。







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このような展示に、本当に多くの方々にお越しいただく第一週となり、
ただただ低頭です。


ご説明も追いつかず(研究者の方々に逆にお教えいただいたりと)、
梱包等々もかなりお待たせする時間帯が出てしまい恐れ入ります。
















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二週目以降は諸国行脚の乞胸(ごうむね)や願人坊主とされた者たちか、
六道札売と思われる野洲は中主(ちゅうず)の版など、より民衆信仰に臨した
不可思議な品を加えて参りたいと思います。




12月初頭の会期まで、惜しみなくその造形に触れて参りたく
見てはならなかったものをも目にしていく 極めて特殊な企画展ですが、
どうぞ宜しくお願い申し上げます。










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【現在、当店企画展中のレイアウトを執っております】
11月11日(土)~12月3日(日)の会期にて、企画展『禁視の神々』展を
行っております。通常の品揃えやレイアウトと異なる店内ですが、どうぞ
宜しくお願い申し上げます。→
「禁視の神々」展 11/11(土)-12/3(日)










                  百芍丹

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by h_s_t | 2017-11-14 22:44 | 品々のこと

反復-本質の記号化  ───── 縄文土器陶片




縄文早期-中期の陶片。

いずれも安価なもので、出土地、経緯 全く分かりません。



このようなものを購入しても実用には程遠いながらも、
数千年前の日本人の生んだ「トラッド」な思考が、
この店の運営に わずかながら役立つ気付きを
いつも与えてくれています。


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それぞれの掻落文、孔文、貝文、縄文、etc…。

不規則なようでパターンやグループとして認識可能で
反復性のあるものが多く、反して精緻な規則性は無い。
加えて、多くは入念に最後(仕上がり)を予想したものではなく
文様の辻褄(つじつま)が合わない箇所がある。


これは、
人の活動そのものに感じます。


いかに進歩しようとも変えがたい、人間の本質の記号化。









縄文人は、後の農耕をもたらす弥生人と異なり
山河の中で狩猟採集を行い、航海術にも長けていましたが、
近年のDNA型の細分分析によって分かってきたことは
ポリネシアなど南島系種族とはまた異なる種族と考えられており、
北方系種族の弥生人の移入前に、この島国に辿り着いていたようです。

寒さから厚い肉で目を守る必要がなく
薄い肉の瞼(まぶた)から、はっきりとした二重瞼であったのが特徴と言われています。












遮光器土偶をはじめ、この時代の土偶は
後の時代の宗教とは異なり、崇拝の対象ではなかったことも
分かりつつあります。

自分たちが恵みを得て、かつ争うことは困難な、
強大な力を持つ「自然」というものからの
霊性を得るためや、祈祷のため製作されたという説が有力です。

祈祷や祭りのようなものでは、どういった歌が歌われていたか、
おそらく単純な音や声の「反復」であったろうとは分かれども
もはや誰にも分かり得ません。

また、この考えは人型に合わせて生まれた土偶だけでなく、
土器にも当てはまるのでは、という考え方が一般的です。


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後の時代に言語化され、「呪」という言葉があります。



「呪」と聞くと、度を過ぎるホラー映画の影響からか
人や死者の禍々(まがまが)しいものを想像しがちですが
僕たちの生活の中に今も生き、無意識にそれを行っている人もたくさん居て、
今日、知らずとお子さんにしているお母さんもたくさんいるはずです。







「おまじない」 がこれに当ります 。







「まじない」を変換すると、「のろい」と同様に
『呪い』 となります。


古い語義の実体は、 実は同義です。








「いたいの いたいの 飛んでいけ」

             - 呪歌 /本州中心に広域 発祥不明 「痛みの緩和」


「嚔(くさめ)、嚔(くさめ)」
             - 呪歌 /広域 発祥不明 「くしゃみが出た後の凶兆封じ(≒呪詛返し)」
                    参照:「枕草子」、「徒然草」、「簾中抄」、「拾芥抄」 他
                    ※後に「くそくらへ」「糞食らえ」「ちくしょう」などに転化


「血の道は 父と母の 始めなり 血の道かえせ 血の道の神」
             - 呪歌 /広域 発祥不明 「血止め」


「とうぴんぱらり」「とっぴんぱらりのぷう」
             - 結句 /東北 発祥不明 「話の終わり(現実に戻る)」
                    「めでたし、めでたし」など広域に同義のものあり


「桑原桑原(くわばらくわばら)」
             - 呪歌 /甲信越を中心に広域 発祥不明 「雷除け」


「さるでさるまさ さるでさるまさ さるでさるまさ さるでさるまさ」
             - 呪歌 /東北 発祥不明 「糸のもつれをほどく」
                    ※「フキフキホグセ」「フイテホゴセ」(いずれも関東圏)など
                      多地方に形を変え存在





お気づきになられている方も多いかと思いますが、
多くの呪歌は、同音や同語の「反復」という規則性やパターンを持ちます。


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「のろい」と「まじない」。

辞書を紐解くと、現在では別の意味がその使用観から出てきてしまいますが※
いずれの語彙の裏側にあるのは

・受けた人間の行動を律する(制限・制約する)
・心理的効果

という点かもしれません。



























土器の表面の反復から、古いまじないを読み取り
お客様の心理的効果と行動を律する…。

そんなことは超能力者でも無理な、それこそオカルト話ですが
今日一日を良い日にするために、笑顔で近隣の方に挨拶したり
商品をご覧いただきやすくするため約束を与え整列させたり、
自分にまじないをかける大事さと、
反復する毎日に意味があることを
土器は語ります。



そして、土器の文様に辻褄が合わない箇所があるように
人間には出来ない日もある、ということも
こっそりと教えてくれているようです。










※広辞苑には古語ながら「まじくなふ」という語彙が今も記されています。
※呪歌・俗信・昔話は地方によりその内容に差異があります。詳細は日本民俗学会、
 現代民俗学会等、国内各学会寄稿の論文をご参照ください。
 この場では割愛させていただきます。
※撮影の石器のみ国内縄文期のものではなく、より遡った時代となる中石器時代(ア
 フリカ北部-紅海域)の参照撮影品です。ここに注釈させていただきます。

■縄文土器陶片   御売約







                       百芍丹

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by h_s_t | 2017-02-24 15:54 | 品々のこと

猿楽面



狂言とともに「能」と総称されるようになったのは明治以降であり
現在で言われるところの能は 江戸期までは「猿楽」と呼ばれ、
その創始の正確なところは分かっていません。





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日本最古の舞台芸能である伎楽や
奈良時代に伝わった散楽に端を発するのではないかと考えられ、
散楽は当初、雅楽と共に朝廷の保護下にありましたが、
桓武朝の延暦元年(782年)、散楽戸の廃止以降
散楽師たちは寺社や街角などで楽しくその芸を披露するようになります。


この雑芸のうち、物真似などの滑稽芸を中心に発展していったのが猿楽と言われます。
当初は物真似だけでなく、散楽の流れをくむ軽業や手品、曲芸など、多岐に渡る芸能が行われました。



演目「福広聖の袈裟求め・妙高尼の襁褓乞い」
   僧侶が袈裟をなくして探し回る
   独身の尼さんに乳児用のオムツが必要になる

演目「京童のそらざれ・東人の初京上」
   口の上手な京童と、おのぼりさんの東人の珍妙なやりとり

           ─── 『新猿楽記』平安時代末期 / 藤原明衡



演目から、当時の都人たちの抱腹絶倒していた様子が伺えます。



ただ、同資料から興味深い言及が見られます。                 

平安時代中期頃より、神道的行事が起源の田楽、
仏教の寺院で行われた延年という芸能も興り、それぞれ発達し
猿楽へ影響を与える最中。

咒師と呼ばれる呪術者たちへの言及や演目が見られることから、
咒禁道の影響を受けた儀式を芸能と融合させた猿楽の創始型がこの時期に存在しており、
これは野に降りた陰陽師や神人たちの儀礼が介在するわけで
それらがこの時期の猿楽の基礎や発展に何らかの深い影響を与えています。














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その後の鎌倉から室町期。

猿楽は寺社の法会や祭礼に取り入れられたため、猿楽は寺社との結びつきを強めます。
最初は前時代同様に余興的なものとして扱われていましたが、寺社の祭礼の中に猿楽が
重要な要素として組み込まれるような現象も起き始めたのは、寺社の由来や神仏と人々の関わり方を解説するために、
猿楽の座が寸劇を演じるようなことがあったからと思えます。
これらがやがて「猿樂の能」となり、公家や武家の庇護をも得つつ、現代の能や狂言に発展していったと言われています。


もともと猿楽演者は大和において極めてマージナルな「七道の者」。
漂泊の白拍子、神子、鉦叩、鉢叩、猿引きらとともに下層の賤民とされ
同じ賤民階級の声聞師の配下にありました。
最も注意深く見るべき変化の時代でありながら、史実資料は出ても
当然ながら彼ら自身の資料は最も出にくい。

観阿弥や世阿弥らの登場によって現在の能楽とほぼ同等の芸能としての猿楽が形作られ
桃山期の隆盛、現代能の出発点を形成します。




注視すべきは、集大成させた観阿弥と世阿弥はそれぞれ時宗系の法名を持っており、
時宗の踊り念仏の持つ鎮魂儀礼としての側面を、猿楽(能)はこの時期持ち合わせていたことが分かります。
同時期に勧進聖が上演した唱導劇(仏教の教理を説く劇)の隆盛。


これらは民衆を対象として仏教の教義を見せ、寺社の造営資金を集め、地侍や台頭した戦国大名の庇護に入ります。
生身の人々を主な観客と想定する仏教を意識した芸能へと進化していったわけで
前時代の猿楽に組み込まれていた咒禁道の影響を受けた儀式を芸能と融合させたものが
超自然的な存在を肯定していたものとする陰陽道を含む呪術的要素あるものとすると、
七道というどちらかと言えばそこを出身とした人々の末裔によって、
相反する仏教的に自ら塗り替えられた極めて不可思議な宗教変遷の一端を、
芸能という活動の中に垣間みることができるように思います。






しかしながら自分は、個人的にはあの反閇(へんばい)や禹歩(うほ)(※いずれも道教や陰陽道下の方術)を思わす足運び、
立ち居、所作、声聞の原型はやはり仏教以前の散楽や猿楽の形態に、能はその骨子を完成させていたように思えてなりません。
















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猿楽面(男面)  室町期-桃山期   御売約




【10/30(日)の営業は18時までとなります】
29(土)は通常通り13時~19時の営業、翌30(日)は18時までの営業となります。
詳しくは「10/30(日)18時までとなります」にてご確認くださいませ。










                   百芍丹
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by h_s_t | 2016-10-29 10:00 | 品々のこと

白丹波 午后 金木犀

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それは、本来それぞれに完結しており
人がそれに介在するのは 少し億劫にさせるような時もあり

一見は人の世の関係にも通じるような気もしますが
それはやはり、自分たちとは異なる花という生き物なのだと思います。






知識ではなく花を知りたいという気持ちで
花を生けることは十分なのだと教えられましたが
花を知ろうとしないのではなく、
目に訴える「生ける」という行為が無駄に思える刹那。


自分などは香りの強い花に出会うとそう思い、
加えて金木犀という花は特別な何かを思います。






香りの似た、銀木犀の亜種であり、
春の沈丁花に並ぶ香花。








Düfte sind die Gefühle der Blumen.

              ─────   香りとは花の感情だ


「ハルツ紀行」抜粋(岩波1933底本-内藤匡訳)
         ───  Christian Johann Heinrich Heine / 1797-1856





そう感情と言い表したのはハイネであり、ロマン派と一括りにできない
動乱期を過ごした末の男の、言葉のように思います。

美文と評されたり揶揄される「清げ」なものは
得てして、多くの濁りに耐えた末の所産のものも多く。


















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生ける前の時が 最も蜜な関係性をつくるときもあるように思います。

花を考えると それは短い時間ですが。








生けないで終える

生けられはしないという選択は、

傍を求め合った

「親密な終わり」のひとつかもしれません。




















秋、人をふと立ち止まらせる

甘いつよい香りを放つ

金色の小さな花々が散って

金色の雪片のように降り積もると、

静かな緑の沈黙の長くつづく

金木犀の日々がはじまる。


金木犀は、実を結ばぬ木なのだ。


実を結ばぬ木にとって、

未来は達成ではない。


冬から春、そして夏へ、

光をあつめ、影を畳んで、

ひたすら緑の充実を生きる、

葉の繁り、重なり。つややかな

大きな金木犀を見るたびに考える。


行為じゃない。

生の自由は存在なんだと。


           ───  「冬の金木犀」抜粋 / 長田 弘 1939-2015

















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白丹波 江戸末期  御売約 個人蔵



【10/30(日)の営業は18時までとなります】
29(土)は通常通り13時〜19時の営業、翌30(日)は18時までの営業となります。
詳しくは「10/30(日)18時までとなります」にてご確認くださいませ。







                   百芍丹
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by h_s_t | 2016-10-28 03:03 | 品々のこと

野戦 転戦 静謐かな

岡山の山中で書かせていただいています。






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川近い林道

今夜は車中泊です



















店舗の移転以降、何もかも初心でやり直しと
仕入れの転戦を続けさせて頂いています。




全く効率的ではなく、教科書的でもありませんが、
品物以外の何かを知るようで
知るものは 単に風土と、簡単に一括りにもできないように感じます。






















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満月を過ぎ、わずかに欠けた月ながらも 星月夜

「星月夜」

言葉の通りの夜に思います。





青い重い 闇

山というものも 夜にはその重さを知らしめ








敬愛する民俗学者たちもこうした夜を過ごしたのかなどは考えず、
室町や江戸期の人々もこうした夜を見たのかとも考えず、
動物的にただそこに夜がある感覚の方が強くなってきます。






















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夜の山というものは 一人という感覚でもなく
静謐なようでいて、さまざまな気配の騒がしさもあり
イメージとは裏腹に確かな生(せい)の
可視できぬゆえの勉強があるように感じます。





























古銅 錫杖先 御売約 個人蔵














                      百芍丹
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by h_s_t | 2016-10-18 00:23 | 品々のこと



出会うさまざまな方々。

相手も自分の鏡像であるのかと考えた時期もあったのですが、
もしそうだとすると、
卵が先か鶏が先かという話と同様に思います。










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像を歪ませない努力や自主性の尊さを、
鏡は教える気がします。











高麗鏡 Goryeo dynasty old copper mirror / 10-14th Century  Korea

※鏡/古語韻でカケミ(影見)、さらに古い古語韻でカカ(蛇)メ(目)
  さらに古い時代の韻の意味は分かっていない。


【移転のお知らせ】
当店、 現在移転準備中です (西ノ京・円町での営業は2015年に終了致し
ました)。
営業の再開に関しましてはまたこの場よりお知らせさせていただきます。
商品を別途倉庫に移管しているため、商品ご注文のお客様各位にはご対応
叶わず、ご迷惑をおかけしてしまい平伏の次第です。








                               百芍丹
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by h_s_t | 2016-05-23 01:10 | 品々のこと