『こっとうさんぽ』 の夜長なり

週は、ようやく二十四節季でいうところの「白露(はくろ)」を過ぎ、
暦のうえでは野の草々に露が静かに降りはじめるころです。



 陰気ようやく重なりて、露こごりて白色となればなり

                   ― 江戸後期 / 太玄斎(松平頼救)『暦便覧』





五行思想の中では、四季の変化は五行の推移によって起こると考えられ
四季に対応する五行の色として、「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」、
といった言葉が生まれ、秋の色は白とされています。







夜にはその気候の移り変わりを感じる涼風で、少し星もはっきり映りだし、
また、それにふと気づくことが、「星月夜(ほしづきよ/せいげつや)」が秋の季語であることを
あらためて意中にすんなりと分かり示します。

星を眺めていたりすると、回した両腕に触れる、肩のひんやりとした感触は
子供の頃よりなぜか心地よかった思いがあります。





 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども  風の音にぞ おどろかれぬる

                   ― 延喜五年(905)/ 藤原敏行『古今和歌集』



 秋たつや 川瀬にまじる 風のおと
 
                   ― 昭和十一年(1937)/ 飯田蛇笏『句集「霊芝」』



 秋の夜の あくるもしらず なく虫は  わがごと物や かなしかるらむ

                   ― 寛平四年(892) / 是貞歌合










敬愛する沢田眉香子さん(僕は普段、「沢田先生」と呼ばせて頂いているのですが)から、
著書である『京都こっとうさんぽ』をお贈りいただきました。

「行く」「やる」と言って動かない僕の勉強不足に、ついに業を煮やされたかと
いつもそのお心遣いに山々の感謝の気持ちです。




沢田さんは竹を割ったような判断力と、柔らかな猫の毛のような緻密さ、繊細さ、
コインシデンティア・オポジトルム(反対物の一致)とすればよいのか
極めて稀有な才能と人間的魅力にいつも溢れておられます。


二律背反に美を観る才は、日本の美感の中では確たる王道で、
日本人は小さな盆栽の中に大樹を、小さな器の表情の中に生や長大な時間を観て、
小さな茶室の中に自然や宇宙のひろがりを感じ、
句や歌の中に巻物に負けぬ美文を構成し、
その意識や才を高め続けてきた民族のように思います。





沢田さんの文章には古い品々への愛情もさることながら、
それに携わる人々、それを楽しむ人々、
そして新たな楽しみを探る人々への愛情に満ち溢れています。


僕にとっても、品々のことで悩みや行き詰まりを見せたとき、
なぜかいつも運よく、話す機会に恵まれたり、
お会いする機会に恵まれたりで、
「暗夜に灯を見る」をそのままに思うことが少なくありません。


沢田さんと巡り合えたのは偶然なことですが、
この良縁のありがたみを常々感じます。





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「京都こっとうさんぽ」光村推古書院版










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# by h_s_t | 2013-09-13 16:34 | 日々のこと

瀬戸輪線文 豆皿

一目みて、「ああ、良い系譜だなあ」とその健やかさを感じた品です。



骨董というには憚られる時代性のものですが、加藤作助の輪線とは言わぬまでも
瀬戸・赤津で生まれた、小品ながらもその土地の息吹を感じる佳品です。

そして、古い筆致をただそのまま踏襲したわけでもなく、
その点がとてもとても清々しいです。








瀬戸というと、江戸も後期に入りつつある享和年間頃※に、
伊万里(現在の有田市周辺)に次いで磁器(新製焼)の焼成に成功しますが、
それまでに焼かれていた陶器質のものを本業焼として
当時から区分されています。


この江戸後期にもたらされた新技術たる磁器焼成を行うことなく、
昔ながらの本業で、陶体を頑強な厚さにし、かつ高温の酸化焼成を行った
「石皿」と呼ばれる器種が、品野、笠原、赤津などで生まれます。

呉須や鉄釉で様々な文様が描かれ、柳宗悦が工芸品のために発行した雑誌『工藝』の
創刊号(昭和6年1月)でも特集が組まれ、石皿の美しさが取り上げられています。



中でも、馬の目が驚いた様子とも言われている複輪線の「馬の目皿」や、
それ以前にもあった「麦藁手」と呼ばれる縞紋など、
瀬戸と輪線や縞紋などの線紋は切っても切り離せない関係にあるように思います。

それぞれに名の由来はいろいろ説はありますが、いずれも同様に
束ねた藁、なびく野の草、風の巻くさま、水の流れなど、
自然からの何かしらを感じ取ったはずであろう線文様は、作為を感じさせぬやさしいものです。



昔から近所近在に行き渡って使われている雑器は
紅鉢といわれる大きな深めの鉢であります。
また「石皿」と呼ばれる 径一尺前後の浅い大皿であります。
旅籠屋や煮売屋を始め、どんな台所ででも重宝がられました。
この皿には皆巧みな絵を描きましたが、いつしかたえて今は無地ものばかりであります。

                   - 1948 / 柳宗悦『手仕事の日本』(靖文社)









「馬の目皿」は明治期に一度完全に途絶したとされています。

ひとつの意匠としての途絶とするか、
新たな創意で大正昭和に引き継がれた、とするかは
僕としては、この小さな豆皿を手にしてみると自ずと後者に思えます。




現在、確かにかつての江戸後期の馬の目皿そのままの品も
復古的にまたいくつかの窯で作られ始めました。
骨董の分野においては、それらは混乱をきたす「リプロダクション」と
揶揄されることも多くあるかもしれませんが、
確立され、喪失してしまった過去の原点確認として重要なひとつの試みと感じます。


加えて思うのは、途絶したものを生き返らすことに増して過去の工芸から学ぶべきは、
同時に前に向いて、この小品のように「その意匠」ではなく
「その健やかさ」を守り新たな歩を進める、ということがさらに大事に思えます。





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 瀬戸赤津 輪線文豆皿<昭和後期頃> 御売約 個人蔵(全点)


※瀬戸市歴史民俗資料館の考証年代に沿い記載しました。
  実操業の草創期はその後年の文化・文政年間となる見解があります。
※麦藁手は江戸時代後期以前より焼成がなされていた伝統的文様です。









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# by h_s_t | 2013-09-12 16:30 | 品々のこと

杓文字(しゃもじ)

名の由来も、そのルーツもあまり知られていませんが、
大地のめぐみをよそうのにあまりにも似合う、安心感あるおおらかなこの形が僕は好きです。


水田農耕の草創期資料として教科書にも出てくる登呂遺跡(弥生時代)からも
当時は何と呼ばれたか不明ながら、しゃもじに似た箆(へら)がいくつか出土しています。





当店にも少し前に楽しい「しゃもじ」がやってきました。
製作年代はすでに昭和期に入っているのですが、
縞黒檀でつくられた江戸手木工の上級品です。
ひとつひとつ厚さも形も異なり、丹念に蜜蝋で仕上げられています。


もはやこうした品をつくる工房も、職人も、消費者の記憶も途絶えて
しまったかと思う昨今です。

唐木という素材から考えると、柳の提唱した「民藝」という分野からは
確かにかなり逸脱するものの、「民藝」ではカバーしきれない、
魅力ある町人文化という、庶民の一側面を支えた華美とは異なる手仕事も実在し、
また、それがほとんど脚光を浴びず消えゆく気がしてなりません。

茶事や骨董・古玩、民藝、デザイン界、etc…。
それぞれに拾われることなくとも
魅力的なものは「多くの言葉いらず」で魅力的に光っています。







しゃもじは、その元の名を何としたのか、
平安期以前のことはよくわかっていません。


語源は「杓子」(しゃくし)や「杓(勺)」(しゃく)の略化接頭「しゃ」に、
付加意の接尾辞「文字」(もじ・もんじ)が付いたものらしく、
このように最後に「もじ」を付けて婉曲的に表現する文字詞(もじことば)は
現代にはない非常に古い特殊な日本語で、女房詞(にょうぼうことば)というものです。


女房について少し触れると、女房は平安期-室町期頃を中心に
宮中、貴族邸宅、門跡寺院などで側仕えをする女性たちのことで、
時代劇でみる江戸時代の「腰元」とは異なり雑事は行いません。
貴族階級出身者であることが多く、教師や秘書官的役割などを有する才女たちです。

雑事を行う女官と後年は同一視されることが多いのですが、身分や教養は格段の差があり
彼女たちが会話をするときに、婉曲的に麗句化する際に使用した言葉が女房詞(女房言葉)です。




枕草紙で知られる清少納言も、一条天皇中宮に仕えた女房のひとりで


「ないがしろなるもの。 女官どもの髪上げ姿。」

               -  枕草子 【二百三十八】 清少納言



とあるように、労働然とした女官の魅力を伝えると同時に、
自分の身分との差異を明らかにしています。
※ここでいう「ないがしろなるもの」は、「(無造作に)少し乱れて
心惹かれるもの」という意味かと思います。





現在、何とか耳にする女房言葉はひょっとすると、
時代劇にたまにでてくる「そもじ(=あなた)」や、
もじもじするの「もじもじ(もぢもぢ)」(異説あります)
加えて、この「しゃもじ」という言葉ぐらいなのかもしれません。




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 江戸手 縞黒檀杓文字<昭和前期> 御売約 個人蔵(全点)









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# by h_s_t | 2013-09-11 16:26 | 品々のこと